スズキのパキスタン子会社Pak Suzuki Motorが、牛ふんなどの農業廃棄物を原料としたバイオガス(CBG:圧縮バイオメタンガス)と有機肥料の生産事業に着手しました。
パキスタンのカラチで小規模プラントが2026年1月に運用を開始し、ラホール近郊では2026年7月以降の本格稼働を目指してパイロットプラントを建設中です。
同社はすでにインドで NDDB(全国酪農開発機構)や Banas Dairy と連携し、グジャラート州でバイオガスプラントの商業運転を開始しており、その知見を活かしてパキスタンでも事業を拡大する方針です。
スズキがパキスタンでバイオガス事業を行う背景
スズキは2050年までに、新車四輪車のCO2排出量を2010年度比で90%削減する目標を掲げています。
その実現に向け、スズキはEV・HEV・CNG・エタノール・バイオガスなど、地域の実情に応じて複数の脱炭素技術を最適に組み合わせる「マルチパスウェイ戦略」を推進しています。
スズキのサステナビリティ:サステナビリティに関する基本的な考え方
この戦略は、石炭火力が発電量の7割超を占めるインドや、電力インフラが未整備な南アジア地域では、BEV一辺倒の戦略が必ずしも有効でないことに対する現実的な回答です。
スズキとパキスタンの歴史は長く、1975年に同国で初めて海外四輪生産を開始しました。
スズキの現地法人Pak Suzuki Motor Company Limited(パックスズキ)は、現在パキスタン自動車市場で約4割のシェアを維持し、98都市に171拠点の販売網を展開しています。
世界第5位の人口を持つパキスタンは若年層が厚く、自動車保有台数も人口比でインドのおよそ半分にとどまるため、今後のモータリゼーション加速が見込まれています。
スズキがこのような成長市場で、カーボンニュートラルと社会課題解決を同時に実現するバイオガス事業を導入することは、市場の深堀りとサステナビリティの両立を図る戦略的な一手といえます。
パキスタンのエネルギー事情
パキスタンは深刻なエネルギー問題を抱えています。石油やLNGなどのエネルギー製品は輸入全体のおよそ3割を占め、外貨準備をひっ迫させる主要因です。
パキスタン政府によると、石油製品の輸入額は年間約169億ドルに達しており、バイオガスによる化石燃料の代替は外貨流出の抑制に直結します。
また、人口の6割強が農村部に居住し、いまだに電気の通っていない地域が存在するなど、地方のエネルギーアクセスにも大きな課題があります。
酪農大国パキスタンが持つバイオガスのポテンシャル

その一方で、パキスタンの家畜頭数は世界第6位とされ、約4,400万頭の水牛と約約5,300万頭の牛を擁しており、人口あたりの牛の数はインドを上回るといわれる酪農大国です。
学術論文(MDPI Sustainability, 2021)の試算では、パキスタンの家畜ふん尿から年間約269億m³のバイオガスが生産可能であり、これは約5,500MWの発電容量に相当します。
MDPI Article:Biogas Production Potential from Livestock Manure in Pakistan
パキスタンはバイオガス原料の供給ポテンシャルが極めて高いと評価されており、スズキのバイオガス事業は、この豊富な家畜資源を活用して「トリプルインパクト」を生み出す構造です。
バイオガスのトリプルインパクト
- 環境負荷の低減とエネルギー創出:牛糞等の酪農・農業廃棄物を嫌気性発酵させ、精製したメタン(CBG)をモビリティの燃料として活用。
- 農業の持続可能性向上:メタン発酵後に残る消化液(残渣)を、高品質な有機肥料として農地へ還元し、土壌改良を図る。
- 農村経済の活性化:農家から未利用資源であった牛糞を買い取ることで、農村部に新たな雇用と現金収入を創出する。
インドとの比較とパキスタンの事業優位性

スズキはすでにインドでバイオガス事業を展開しており、2022年8月にNDDBとの覚書を締結し、2023年9月にBanas Dairyを加えた3者合意を経て、グジャラート州バナスカンタ地区でプラント建設を進めてきました。
2025年12月にスズキ初の商業プラント「BANAS SUZUKI BIOGAS PLANT」が稼働を開始し、1日最大100トンの牛ふんから、CNG車約850台分の燃料に相当する約1.5トンのCBGを生産する体制が整いました。
バイオガステック参考記事:スズキのインドCBG拠点 BANAS SUZUKIバイオガスプラント始動
2024年12月にはSRDI(スズキR&Dセンターインディア)がNDDB子会社のNDDB Mrida Ltdへ出資し、インド全土でのバイオガスプラント展開に向けた合弁体制を構築しています。
Amul DairyやDudhsagar Dairy など、複数の乳業組合とも新プラント設置で合意するなど、インド国内でのバイオガス事業は急拡大しています。
| 比較項目 | インド | パキスタン |
|---|---|---|
| 進捗 | 商業プラント稼働中(2025年12月〜) | カラチ小規模プラント運用中、ラホール建設中 |
| 主要パートナー | NDDB、Banas Dairy、Amul Dairy 等 | Pak Suzuki Motor(自社展開) |
| 家畜頭数 | 約3億頭(世界最大) | 約1億頭(牛・水牛合計) |
| CNG車基盤 | マルチ・スズキCNG車シェア約70% | パキスタンは世界有数のCNG車大国 |
| 土地・農業構造 | 小規模農家が多い | 大規模地主が多く、ビジネス志向が強い |
インド以上に効果的なパキスタンのバイオガス事業
Pak Suzuki Motorの河村浩志社長は、パキスタンではインドに比べて土地改革が進んでいないため大規模な土地を持つ地主が多く、農業をビジネスとして捉える傾向が強いと指摘しています。
有機農法や肥料に対する理解も高く、ビジネスモデルとしてはインド以上に効果的ではないかとの見方を示しています。
JETRO地域・分析レポート:パキスタンでのスズキの取り組み-トリプルインパクト望むバイオガス
パキスタン政府も同事業を支持しており、首相の「Uraan Vision」に沿ったバイオガス政策の策定を表明しています。
パキスタンにおけるバイオガスのメリット
- 国家経済への貢献:化石燃料代替によるエネルギー輸入量の削減と外貨流出の抑制
- 農家への還元:牛ふんの買い取りによる新たな収入源の創出、有機肥料による収穫量の向上、クリーンガスの供給
- 環境負荷の低減:放置された牛ふんから発生するメタン(CO2の約28倍の温室効果)の大気放出を抑制
カラチ・ラホール2拠点の進捗と今後の展開
パキスタンでの事業は2拠点で進行しており、カラチでは2026年1月、Pak Suzuki Motor工場隣接地で小規模プラントの運用を開始しました。
牛ふんに加え、同地で自生するネピアグラス(イネ科の多年草)やカラチ工場の食堂から出る食品廃棄物を原料とし、1日100m³のバイオガスを精製しています。
今後はガス貯蔵庫から食堂までのパイプラインを設置し、現在天然ガスを使用している食堂のエネルギー源として代替する計画です。
一方、パンジャブ州ラホール近郊のマンガマンディでは、より本格的な実証パイロットプラントを建設中で、2026年7月までに工事を完了し、以降の稼働を目指しています。
さらに、Pak Suzuki Motorは2024年9月にパキスタン随一の農業研究機関であるファイサラバード農業大学(UAF)と覚書(MOU)を締結し、バイオガスと有機肥料の共同研究・商業化に向けた検討を開始しました。
同事業は単なる技術実証にとどまらず、原料収集から発酵・精製・物流・販売まで一貫した商業モデルの確立を目的としています。
河村社長は、今後は提携する農家や投資家を募集し、ビジネスとして推進していく方針を示しています。
スズキの成長戦略では、バイオガス事業の展開先としてアフリカ・ASEAN・日本の酪農地域も視野に入れており、パキスタンはインドに次ぐ南アジア展開のモデルケースになります。
自動車メーカーが原料調達から燃料販売までのバリューチェーンを自社で構築する事例は世界的にも珍しく、スズキの取り組みは「需要側からのバイオガス市場形成」というユニークな事業モデルとなっています。






