中東情勢の悪化によるLPG(液化石油ガス)の供給遅延と価格高騰を受け、インド政府は牛糞を原料とする家庭用バイオガスの普及を推進しています。
DAWN / AFP:India’s cows offer biogas alternative to Mideast energy crunch
インド政府は牛糞を原料としたバイオガスをエネルギー安全保障の柱に据え、500万基以上のディジェスター(発酵槽)対する補助金や、CBG(圧縮バイオガス)の混合義務化を進めています。
インドは世界第二位のLPG消費国ですが、中東情勢悪化を機に、バイオガスを活用したエネルギー自立を目指します。
中東危機によるインドLPG依存の脆弱性

インドではLPGが家庭用調理燃料の主力として用いられており、年間3,000万トン以上のLPGを消費し、およそ3分の2を輸入に依存しています。
しかし、イラン情勢の悪化によって中東からのガス供給に遅延が生じ、ウッタル・プラデーシュ州などではガス充填待ちの行列ができるなど、深刻な供給不足が表面化しました。
政府は「正式な供給不足はない」と説明しているものの、LPGの配送遅延やパニック買い、闇市場の出現により、実需レベルでは明確な危機として認識されています。
インドのLPG輸入の多くは、サウジアラビアやUAEなどペルシャ湾岸諸国に依存しており、ホルムズ海峡周辺の地政学リスクが脆弱性となり、LPGの直接価格と物流に波及しています。
インドの石油・天然ガス省は3月9日、都市ガスや輸送機器向け天然ガスを優先供給すると発表しています。
JETRO:都市ガスや輸送機器向けなど特定分野に天然ガスを優先供給、LPGは供給遅延も
家庭用バイオガスが急増 農村のエネルギー源に
LPG供給が不安定化する中、インド農村部では牛糞由来のバイオガスが急速に普及しています。
インド政府は1980年代から家庭用・地域用バイオガスを推進しており、これまでに500万基以上のディジェスター(発酵槽)が補助金支援を受けて設置されています。
ウッタル・プラデーシュ州の農村では、2007年に最初のプラントを設置して以来、過去1年だけで村内に15基を追加導入した事例があり、LPG不足を契機にバイオガスへの関心が一気に高まっています。
家庭用ディジェスターの設置費用は、1基あたり2.5万〜3万ルピー(約265〜318米ドル)で、その多くが政府補助の対象です。
1日あたり、4頭の牛から出る30〜45kgの牛糞を投入すれば、6人家族分の調理燃料を賄えるとされており、配給網に依存しないオフグリッド型エネルギー源として機能しています。
牛糞由来バイオガスの副生物 消化液「ブラックゴールド」を肥料に
家畜糞尿の嫌気性消化によって生成されるバイオガスは、メタン濃度が約55〜65%で、調理用途には十分な発熱量を持ちます。さらに、副生物である消化液(スラリー)の肥料価値にも注目が集まります。
消化液は生の牛糞と比べて、植物が利用しやすい形のアンモニア態窒素比率が高く、現地農家からは「ブラックゴールド(黒い金)」と呼ばれています。
ウクライナ戦争や中東情勢の影響で、世界の化学肥料供給網が混乱する中、消化液は化学肥料の代替肥料として経済的価値が上昇しており、「ガスはおまけ、本命はスラリー」という農家の声もあります。
ただし、インド・バイオガス協会は「バイオガスプラントは単なる設備ではなく、組織的な設置・運転・保守を必要とするミニ工場である」と指摘しています。
地域ベースのコミュニティ・協同組合の運営体制構築が、農村部でのバイオガス普及拡大の鍵となります。
インド政府のバイオガス政策 GOBARdhan・SATAT
インド政府は国家戦略として、バイオガス分野への大規模な支援策を打ち出しています。
Gobar Dhan(Galvanizing Organic Bio-Agro Resources Dhan)は、インド農村部の公衆衛生改善とエネルギー創出を目的に、バイオガスを普及させる国家プロジェクトです。
また、CBG普及イニシアチブ SATAT (Sustainable Alternative Towards Affordable Transportation)によって、産業界のCBGプラント設置を強化しています。
他にも、輸送用燃料へのCBG混合義務化や、バイオガスに対する各種補助金なども整備しています。
バイオガスに対するインド政府の支援策・補助金
| 項目 | 内容 | 事業上の意義 |
|---|---|---|
| 初期投資 | CFA補助金で最大10億ルピー支援 | 自己資本比率を抑えた参入が可能 |
| 原料確保 | BAM補助金で収集機械を50%OFF | サプライチェーンの安定化 |
| 販売先 | SATATによる15年間の買取 | 営業活動支援、長期収益の確定 |
| 市場需要 | CBOによる段階的混合義務 | 売れ残りのリスクを低減 |
| 収益性 | 消費税免除によるコスト減 | 化石燃料に対する価格競争力の確保 |
マハラシュトラ州CBG政策2026
インド地方政府も独自のバイオガス政策を進めており、マハラシュトラ州政府は2026年4月22日に「マハラシュトラ州CBG政策2026」を閣議承認しました。
DownToEarth:Maharashtra State Compressed Biogas (CBG) Policy, 2026 is expected to open a new growth path
同州は既に24基のCBGプラントが稼働中(ウッタル・プラデーシュ40基、グジャラート25基に次ぐ3位)で、CBG政策の主な内容は次のとおりです。
- Viability Gap Funding (VGF):処理能力1トンあたり最大750万ルピー、1プロジェクトの上限1.5億ルピー
- 2026-27年度予算:VGF支援に50億ルピーを計上
- 農産物市場委員会(APMC)、製糖工場との長期原料調達契約を制度化
- 州・実行・地区の三層委員会構造による意思決定の迅速化
- SATAT、GOBARdhan、Swachh Bharat Missionとの政策整合性
原料調達のボトルネック解消を政策の中核に据えた点が特徴で、製糖残渣や糞尿、市場廃棄物などのマルチ原料モデルを制度的に支援する仕組みが整備されています。
インドのエネルギー自立(Atmanirbhar Bharat)戦略

インド政府は国家戦略として、廃棄物を資源として活用する循環型経済への転換を進めています。
その中で、バイオガスは単なる脱炭素に留まらず、地産地消によるエネルギー自立(Atmanirbhar Bharat)の主要な柱の一つとして位置付けられています。
Government of India:Powering Atmanirbhar Bharat
中東依存度の高いLPGとは異なり、国内の家畜資源・農業残渣を活用するバイオガスは、地政学リスクの影響を受けにくいエネルギー源として、戦略的価値が再評価されています。
日本企業もインドのバイオガス市場に注目しており、その成長性を見込んで、総合商社の双日や、自動車メーカーのスズキがインドでバイオガス事業を展開しています。
参考記事:スズキのバイオガス関連記事
参考記事:双日がインドのバイオメタン市場へ参入






