名古屋大学の研究グループが、食品廃棄物のメタン発酵で生じる残さ(消化液)を滅菌せずにそのまま発酵基質として利用し、高効率でバイオエタノールを生産できることを実証しました。
名古屋大学研究成果情報:バイオガス発電時の排液から高効率で燃料を生成 ~食品廃棄物由来のメタン残さを滅菌せず発酵利用~
酵母 Saccharomyces pastorianus を用いた非滅菌発酵で、48時間以内に理論収率89.4%のエタノールを達成しています。
従来は処理負担とされてきたメタン発酵残さに「燃料化」という新たな出口を示した研究成果であり、バイオガスプラントにおける新たな資源循環モデルとなる可能性があります。
メタン発酵残さ処理が抱える課題
メタン発酵(嫌気性消化)は有機物を微生物で分解し、バイオガスを生成する技術で、国内では食品リサイクル法の後押しもあり、食品廃棄物を原料とするバイオガス発電施設が増加しています。
しかし、発酵後に大量に排出される消化液(メタン発酵残さ)の処理が大きな課題となっており、消化液は窒素やリンなどの肥料成分を含むため、液肥として農地に還元する利用法が主流です。
ただし、都市部や農地面積の限られた地域では液肥の受け入れ先の確保が難しく、排水処理して河川放流する場合は、1トンあたり約5,000円のコスト(農研機構資料)がかかるとされます。
消化液の余剰分の処理コストはプラントの収益性を圧迫する要因であり、肥料利用以外の新たな利活用方法の開発が求められていました。
今回の名古屋大学の研究は、この消化液をバイオエタノールの発酵基質として活用するという、従来にないアプローチを提示するものです。
名古屋大学の非滅菌エタノール発酵技術とは
この研究は、名古屋大学未来社会創造機構の谷村あゆみ特任講師、則永行庸教授らの研究グループが、株式会社バイオス小牧との共同研究で実施しました。
研究成果は2025年9月3日付で英国科学誌『Bioresource Technology Reports』に掲載されています。
Bioresource Technology Reports:Ethanol production from non-sterile methane fermentation residues for waste-to-biofuel conversion
非滅菌条件下の実験で理論収率89.4%を達成
研究では、食品廃棄物由来のメタン発酵残さと廃飲料を1:1の比率で混合した培地に、4種類のスクロース発酵性酵母を接種してバイオエタノール生産能力を評価しました。
その結果、酵母 Saccharomyces pastorianus NBRC 11024T が最も高い性能を示し、非滅菌条件において48時間で最大27.4 g/Lのバイオエタノールを生成しました。
これは理論収率の89.4%に相当する高い値で、一般的なバイオエタノール生産で用いられる Saccharomyces cerevisiae の理論収率が90~93%とされることを考えると、メタン発酵残さという非従来型の基質で達成されたこの成果は注目に値します。
なお、残さの配合比率が70%を超えると発酵効率が低下することも確認されており、窒素や揮発性脂肪酸(VFA)の蓄積による阻害の可能性が示唆されています。
常在微生物が発酵を助ける? 滅菌条件との逆転現象
この研究で最も興味深い発見は、「滅菌条件ではエタノール生成がほとんど起こらなかった」という点です。
通常のバイオエタノール生産では、雑菌によるコンタミネーション(汚染)を防ぐために滅菌処理が行われます。しかし本研究では、非滅菌条件のほうが圧倒的に高い発酵性能を示しました。
この現象のメカニズムを解明するため、研究チームは16S rRNA アンプリコン解析によって発酵中の微生物群集の動態を追跡しました。
その結果、発酵初期には多様だった細菌群集が、後期には Leuconostoc 属(乳酸菌の一種)が優占する構成へと遷移することが明らかになりました。
Leuconostoc 属はキムチや漬物など発酵食品にも関与する細菌であり、メタン発酵残さに含まれるこうした常在微生物群が、酵母と共存しながら発酵に適した環境を整えていた可能性が示唆されています。
この知見は、滅菌工程を省略しても高効率なエタノール生産が可能であることを意味し、エネルギーコストと設備コストの両面で大きな利点となります。
研究パートナー・バイオス小牧と産学連携
共同研究先である株式会社バイオス小牧は、JFEエンジニアリングのグループ会社であるJ&T環境が、2021年にアーキアエナジーから買収して子会社化した食品リサイクル発電事業者です。
バイオス小牧:株式会社バイオス小牧
バイオス小牧は1日最大120トンの食品廃棄物を受け入れ、メタン発酵によるバイオガス発電を行っています。
定格出力は1.1MW、年間発電量は約9,200MWh(一般家庭約2,200世帯分)を見込んでおり、FIT制度を活用した売電と、発酵残さの肥料化にも取り組んでいます。
今回の研究は、JST COI-NEXT「セキュアでユビキタスな資源・エネルギー共創拠点」の一環として実施されており、大学の基礎研究と民間プラントの実用環境を組み合わせた産学連携のモデルケースと言えます。
実際のバイオガスプラントから排出される消化液を用いて実証データを得たという点で、ラボスケールにとどまらない実用性への示唆が含まれています。
バイオガスプラントの資源循環モデルへの影響
この研究は低コスト・省エネルギー型の資源循環モデルとして、メタン発酵残さ処理の新たな選択肢となる可能性があります。
消化液の処理コスト削減
従来は排水処理や液肥化が主な選択肢でしたが、エタノールという市場価値のある製品への転換が可能になれば、消化液は「コスト要因」から「収益源」に変わり得ます。
特に、バイオエタノールはSAF(持続可能な航空燃料)の原料としても需要が高まっており、出口戦略の幅が広がります。
非滅菌プロセスによるコスト優位性
滅菌工程を省略できることは、加熱エネルギーの削減、設備の簡素化、そして運転工数の低減に直結します。分散型・小規模のバイオガスプラントにとっても導入のハードルが下がる可能性があります。
廃棄物から燃料回収 資源循環モデル
食品廃棄物からまずバイオガス(メタン)を回収し、次にその残さからバイオエタノールを生産するという二段階のエネルギー回収は、バイオリファイナリーの概念をバイオガスプラントに実装するものと言えます。
非滅菌発酵 実用化への課題
ただし、実用化に向けてはスケールアップ時の発酵安定性や、廃飲料の安定調達、残さの成分変動への対応、生産されたエタノールの蒸留・精製コストなど、検討すべき課題も残されています。
また、残さ配合比率が70%を超えると発酵効率が低下するという知見は、最適な原料配合条件の更なる検証が必要であることを示しています。






