三菱重工業は総合研究所長崎地区で、SOEC(固体酸化物電解セル)共電解とFT(フィッシャー・トロプシュ)合成装置を組み合わせた一貫製造プロセスによる液体合成燃料の製造実証に成功したと発表しました。
この実証では、CO₂と水と電気のみを原料として、持続可能な航空燃料(SAF)に適した成分を一気通貫で合成しています。
また、SAFの他にも自動車や船舶向けのカーボンニュートラル合成燃料や、都市ガスの原料としても利用可能で、合成燃料の実用化に向けた有望な技術として期待されます。
三菱重工プレスリリース:SOEC共電解とFT合成装置を活用した一気通貫プロセスでの液体合成燃料製造の実証に成功
液体合成燃料(PtL)製造の背景 SAF需要の増大
脱炭素によるカーボンニュートラル化が進む中、航空・船舶・長距離トラックなど電動化が困難なセクターでは、液体燃料の需要が2050年以降も一定量残るとされています。
国際民間航空機関(ICAO)は、国際航空分野のCO₂排出を2050年までにネットゼロとする長期目標(LTAG)を採択しており、その手段として、SAFなどの低炭素燃料と炭素クレジットが7割以上を占める見通しです。
ICAO:Long term global aspirational goal (LTAG) for international aviation
日本政府もこの流れに応じて、2030年までに国内航空会社の燃料使用量の10%(約172万kL)をSAFに置き換える目標を掲げています。
しかし現状、国内のSAF供給量は需要を大幅に下回っており、廃食油を原料とするHEFA(水素化処理エステル・脂肪酸)技術だけでは十分な量を確保できません。
そこで注目されるのが、CO₂と水素を原料とするPower-to-Liquid(PtL)型の合成燃料、いわゆるe-fuelです。
NEDOでは、グリーンイノベーション基金による「CO₂等を用いた燃料製造技術開発」プロジェクトを支援しており、合成燃料・SAF・合成メタン・グリーンLPGの4種のカーボンリサイクル燃料を対象としています。
NEDO グリーンイノベーション基金:CO2等を用いた燃料製造技術開発
SOEC共電解の技術的特徴 水電解との違い
SOEC共電解は固体酸化物を電解質に用いて、約700〜800℃の高温でCO₂と水蒸気を同時に電気分解する技術です。
従来のアルカリ水電解(AWE)やPEM(固体高分子膜)電解が水から水素のみを生成するのに対し、SOEC共電解では水素(H₂)と一酸化炭素(CO)を同時に生成できる点が最大の特徴です。
このH₂とCOの混合ガスは「合成ガス(シンガス)」と呼ばれ、合成燃料製造の直接的な原料となります。
SOEC共電解の技術的メリット
- プロセスの簡素化: 従来は水電解で水素を製造する工程と、CO₂を還元してCOを得る工程が別々に必要ですが、共電解ではこれを一つの装置で実現できます。
- 高いエネルギー効率: 高温運転によって反応の一部を熱エネルギーでまかなえるため、低温電解より理論上の所要電力が少なくて済みます。
三菱重工は固体酸化物形燃料電池(SOFC)で培った高温セラミックス技術を基盤に、独自の「円筒形セルスタック」構造をSOECに応用しています。
この構造はガスや温度の分布が不均一でも耐えられるため、高温下での耐久性確保に有利とされています。
三菱重工技報 セルスタック解説(PDF):高効率水素製造技術 SOEC(高温水蒸気電解)の要素技術開発状況
生成された合成ガスはFT合成装置へ送られ、触媒反応によりCOとH₂から炭素鎖が逐次成長し、液体炭化水素が合成されます。
FT合成はドイツの化学者フィッシャーとトロプシュに由来する歴史ある技術ですが、SOEC共電解との一貫プロセスで運転し、SAFに適した成分組成を確認できた点に今回の実証の技術的意義があります。
水電解技術とSOEC共電解の比較
| 技術 | 運転温度 | 主生成物 | 電解効率(LHV) | 技術成熟度 |
|---|---|---|---|---|
| アルカリ水電解 | 60〜90℃ | H₂のみ | 50〜68% | 商用段階 |
| PEM電解 | 50〜80℃ | H₂のみ | 50〜68% | 商用段階 |
| SOEC水蒸気電解 | 600〜850℃ | H₂のみ | 75〜85%以上 | 実証段階 |
| SOEC共電解 | 600〜850℃ | H₂+CO(合成ガス) | 80〜90%以上 | 実証段階(今回) |
SOEC共電解はエネルギー効率面で大きな優位性を持つ一方、高温運転に伴う材料劣化、シール信頼性、熱サイクルによるクラック、装置コストといった課題があります。
経産省の評価も「理論効率は非常に高いが、寿命・装置コスト面での改善が課題」となっています。
三菱重工技報 SOEC共電解の解説(PDF):脱炭素社会の達成を目指す水素製造技術の開発
世界のSAF市場動向と合成燃料(e-fuel)の需要拡大予測

世界のSAF市場は急速に拡大しており、調査会社 Markets and Markets の予測によると、2025年時点で約20.6億ドル規模のSAF市場は、2030年には約256.2億ドルに達する見通しです。
Markets and Markets:Sustainable Aviation Fuel SAF Market Size, Share & Analysis, 2025 to 2030
この成長を牽引しているのが各国の法令や目標であり、EUの「ReFuelEU Aviation」は、2030年までに航空燃料の6%をSAFに置き換えることを義務化しています。
European Commission:ReFuelEU aviation
また、米国の「SAF Grand Challenge」は2030年に年間30億ガロンの生産目標を設定しています。
現在のSAF製造の主流は廃食油を原料とするHEFA技術ですが、廃食油は世界的に需要が増大し価格が高騰しているため、安定的な原料確保が困難になりつつあります。
資源エネルギー庁の資料によると、2050年にはCO₂と水素から製造される合成燃料由来のSAF(e-SAF)がSAF原料の約半分を占めると見込まれています。
欧州では、ポルシェとHIF Globalがチリで再生可能エネルギーとCO₂を用いたe-fuel製造を開始し、ノルウェーのNorsk e-Fuelもボーイングと連携して、e-SAFの商業プラント計画を進めています。
日本国内でも出光興産・ENEOS・トヨタ・三菱重工の4社がカーボンニュートラル燃料の導入・普及に向けた連携を発表しており、バイオ燃料とe-fuelを組み合わせた「ハイブリッド戦略」が形成されつつあります。
また、バイオガスプラントで発生するCO₂を共電解の原料として活用する「バイオガス+PtL」の統合モデルが将来的に実現すれば、バイオガス事業の付加価値向上とカーボンリサイクルの両立が期待できます。
バイオガステック参考記事: バイオメタン・e-メタン・メタネーション
三菱重工の合成燃料商用化と今後の展開

三菱重工は今回のベンチスケール実証を起点に、2030年以降のSOEC共電解を活用した合成燃料製造技術の商用化を目指しています。
同社はSOFCで実績のある円筒横縞型セルスタックをSOECに展開し、400kW級モジュールへのスケールアップを視野に入れた開発を進めています。
商用化に向けた主要課題は、数MW級・数万時間の実運転における高効率と長寿命の両立、そして製造コストの低減です。
経産省の合成燃料商用化ロードマップでは、以下の段階的なステップが示されています。
- 実証・小規模導入(2020年代後半)
- 技術確立・コスト低減(2030年代前半)
- 本格実用化(2040年頃)
SOEC共電解で生成される水素とCOは、SAFのみならず、ガソリン、ディーゼル、メタノール、メタン(都市ガス)など多様な合成燃料の原料となります。
この汎用性の高さは、航空・自動車・船舶・都市ガスと多セクターにわたる脱炭素化需要に一元的に対応できるプラットフォーム技術としての可能性を示しています。
今後は、再生可能エネルギー由来の安価な電力確保、CO₂回収技術との統合、FT合成触媒のさらなる最適化が商用化の鍵を握ります。
三菱重工の今回の実証は、「電気で動く合成燃料プラント」という概念を実機レベルで示した事例であり、カーボンニュートラル燃料のサプライチェーン構築に向けた重要な一歩といえます。






