ブータン王国とシンガポール政府は2025年2月、パリ協定第6条に基づく二国間実施協定を締結し、2026年3月に4つの気候変動対策プロジェクトを立ち上げました。
その中には、農村部および都市部を対象とした大規模なバイオガス・イニシアチブが含まれており、ブータンでのバイオガス・バイオメタン市場の発展に寄与するとして期待されています。
シンガポールはブータンとのカーボンクレジット(ITMOs)取引によって、温室効果ガス削減目標(NDC)の達成を目指します。
ブータン・シンガポール協定の背景とパリ協定第6条の枠組み
ブータンとシンガポールは、2025年2月28日に両国の閣僚臨席のもと、パリ協定第6条に基づく二国間実施協定(Implementation Agreement: IA)を締結しました。
Ministry of Energy and Natural Resources:Press Release on Bhutan and Singapore Sign Implementation Agreement on Carbon Market Cooperation
これは、ブータンにとって国際カーボン市場への正式参入を意味する画期的な合意です。
ブータンは国土の約70%を森林が占め、年間排出量を大きく上回る約1,000万トンの二酸化炭素を吸収する世界有数のカーボンネガティブ国です。
その一方で、シンガポールは再生可能エネルギー資源が限られており、自国のネットゼロ目標達成と炭素税のオフセット手段として、国外の高品質なカーボンクレジットを求めていました。
2026年3月にTERRAMA PTE. Limited(シンガポール)と、ブータン・エネルギー天然資源省(MoENR)の共同で、バイオガスを含む具体的な気候プロジェクトが始動しています。
ITMOとは何か?
ITMOsとは、ある国で実施された排出削減・吸収プロジェクトによって生じた成果(CO₂換算トンなど)を、他国へ移転可能な単位として国際的に認証したものです。
移転を行う際は、削減量が両国間で二重に計上されることを防ぐため、譲渡国側が自国のNDC達成分から差し引く「相当調整(Corresponding Adjustment)」を行うことが義務付けられています。
パリ協定第6条2項(Article 6.2)では、温室効果ガス排出量の削減分を「国際的に移転される緩和成果(ITMOs:Internationally Transferred Mitigation Outcomes)」として取引します。
ブータンとシンガポールの協定も、このITMOsの枠組みに基づいて運用されており、温室効果ガス削減目標(NDC)の達成に活用できます。
ブータンの気候変動対策プロジェクトとバイオガス・イニシアチブ

ブータン・エネルギー天然資源省(MoENR)傘下のエネルギー気候変動局(DECC)が発表した4プロジェクトのうち、バイオガス関連は以下の2件となります。
Asia News Network:Bhutan, Singapore launch four new climate projects
ブータン農村バイオガス・イニシアチブ(BRBI)
農村部向けのイニシアチブでは、小規模農家や地域コミュニティを対象に、家畜のふん尿や農業残渣などの有機廃棄物を原料とする小型のバイオガス(嫌気性消化)プラントの導入を促進します。
技術的なメリットとして、メタンガスの大気中への自然放散を防ぎつつ、生成されたバイオガスを薪や化石燃料に代わるクリーンな調理用・暖房用エネルギーとして利用できる点が挙げられます。
バイオガスによる室内空気汚染の改善や、森林伐採の抑制といった社会的なコベネフィット(相乗効果)が国際的に高く評価され、生成されるカーボンクレジットの質を担保しています。
ティンプー・バイオガス&バイオ肥料イニシアチブ
首都ティンプーの都市有機廃棄物を原料とし、バイオガスとバイオ肥料(消化液)を併産する都市型循環事業で、急速な都市化に伴う生ごみ等の有機廃棄物問題に対するソリューションとなります。
収集された有機廃棄物は、バイオガスとバイオ肥料(消化液)に変換され、窒素・リン酸・カリを含む有機質肥料として周辺農地に還元することで、土壌環境の改善が期待できます。
また、バイオ肥料化はカーボンクレジット評価において、LCA(ライフサイクルアセスメント)観点での追加的な排出削減効果を主張する技術的根拠となります。
ブータンの国家炭素登録簿とクレジット二重計上防止制度
カーボンクレジット市場において、バイオガスプロジェクトが信頼を得るためには、削減量の二重計上(ダブルカウント)の防止と透明性の確保が不可欠です。
この課題に対し、ブータンは「Bhutan National Carbon Registry(国家炭素登録簿)」を整備しており、環境保全性(Environmental Integrity)を担保する制度設計となっています。
クレジットは発行から無効化・移転に至るまで一元管理され、国やセクターなどの詳細な情報を含む固有のシリアル番号が付与されます。
また、独立第三者機関やエネルギー気候変動局(DECC)による監督下で、削減が追加的(Additional)、かつ現実的(Real)であることが厳格に審査されます。
アジア地域のパリ協定第6条スキーム拡大へ
今回のブータンとシンガポールの連携は、アジア地域におけるバイオガス・バイオメタン市場の発展に向けた重要なベンチマークとなります。
質の高いカーボンクレジットを通じた国際的な資金流入は、これまで初期投資がハードルとなっていたアジア諸国の小規模農家向けバイオガスプラントや、都市型嫌気性消化プラントの普及を後押しします。
ブータン政府は、韓国やスウェーデンなどの欧州・アジア諸国に向けて、追加の第6条協力を要請しており、今後は他のアジア諸国でも、第6条を活用した同様のスキームが拡大することが予測されます。
ブータン・シンガポール実施協定の制度と概要
今回の制度は、パリ協定第6条の「国際的に移転される緩和成果(ITMOs)」を考慮しつつ、グローバルマーケットの資金循環を見据えた設計となっています。
シンガポールは協定に基づき、クレジット収益の一部(5%)を気候適応策へ還元し、発効時に2%をキャンセル(相殺に使用せず世界の純排出量削減に貢献)する制度を設けています。
また、5〜25 USD/トンという調整費用は、ホスト国NDCの機会費用を反映した設計であり、CDM(クリーン開発メカニズム)時代に問題視された二重計上リスクを排除する仕組みとなっています。
このスキームで生成されるITMOは、自主的炭素市場(VCM)の標準クレジットを上回るプレミアム価格での取引が見込まれています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 協定発効日 | 2025年2月28日 |
| 申請受付開始 | 2025年12月1日 |
| 調整費用(Corresponding Adjustment) | 5〜25 USD/トンCO₂eq |
| グローバル緩和への充当(OMGE) | 発行ITMOの2%キャンセル |
| ブータン国内適応基金充当 | 発行ITMOの5% |
| シンガポールの2030年クレジット需要 | 約251万トンCO₂eq |
シンガポールがアジアのカーボンマーケットに与える影響
以下の動画では、ブータンとシンガポール間のパリ協定第6条に基づくプロジェクトが、アジアの気候変動ファイナンスにどのような影響を与えているかを詳しく解説しています。






