国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と旭化成株式会社は、共同研究成果の社会実装を目的としたベンチャー企業「農研ネイチャー・ポニックス株式会社」を2026年2月に設立しました。
農研機構プレスリリース:バイオマスを肥料源とした養液栽培技術のベンチャーとして農研ネイチャー・ポニックス株式会社を設立
この事業は、家畜排泄物や食品残渣などのバイオマスを原料とした「プロバイオポニックス技術」と、液体肥料の自動製造システム「Nature Ponics」を基盤としています。
同社はこの技術をもとに、バイオガス発電などのメタン発酵プラントから排出されるメタン消化液を、年間を通じて活用可能な高品質の液体肥料へと転換するシステムを提供します。
農研機構発ベンチャー企業 農研ネイチャー・ポニックス
農研ネイチャー・ポニックスは、農研機構の「農研機構発ベンチャー企業認定制度」により認定された3社目の企業であり、共同研究から生まれた企業としては初の事例です。
CEOには旭化成で研究を進めてきた井手上尚弘氏、COOに竹下英亘氏、CTOには農研機構の篠原信氏が就任し、研究成果を迅速に社会実装する体制が整えられています。
農研ネイチャー・ポニックス:農研ネイチャー・ポニックス株式会社
同社の事業は大きく2つの柱で構成されています。一つは「製造受託・技術支援事業」で、メタン発酵プラントの消化液処理に課題を抱える事業者を対象に、液体肥料への転換ソリューションを提供します。
もう一つは「液体肥料の流通・販売事業」で、環境配慮型農業を志向する農家・農業法人・施設園芸事業者に向けて、有機質由来の液体肥料を販売する事業です。
農研ネイチャー・ポニックスの技術 液体肥料の自動製造

農研ネイチャー・ポニックスの中核技術である「Nature Ponics」は、2025年に確立された液体肥料の自動製造システムです。
従来のプロバイオポニックス技術では、養液へのバイオマス投入量やタイミングの見極めが困難であり、その作業負荷が普及の障壁となっていました。
旭化成は農研機構との共同研究を通じて、適時適量のバイオマス投入量を解析し、自動で養液に供給するシステムを開発することで、この課題を克服しています。
特筆すべきは、この技術で製造された液体肥料が化学肥料と同等の性能を示すことが確認されている点です。
メタン発酵消化液をそのまま農地散布する従来の方法とは異なり、微生物による分解プロセスを経て植物が利用しやすい養分形態へ変換することで、施設園芸(養液栽培)での年間利用が可能になります。
| 比較項目 | 従来の消化液農地散布 | Nature Ponics液体肥料 |
|---|---|---|
| 利用時期 | 散布適期に制約あり(季節・天候依存) | 年間を通じて利用可能 |
| 利用形態 | 主に露地農地への散布 | 養液栽培(施設園芸)にも対応 |
| 養分変換 | 原料成分がそのまま移行 | 微生物分解により吸収しやすい形態に変換 |
| 栽培性能 | 化学肥料と同等(条件次第で変動) | 化学肥料と同等の性能を確認済み |
| 運用方法 | 輸送・散布作業が必要 | 自動製造システムによる供給 |
メタン消化液の処理とプロバイオポニックス技術の登場背景

国内のバイオガスプラントでは、メタン発酵後に生成される消化液の処理が課題となっており、一般的に投入したバイオマス原料とほぼ同量の消化液が発生します。
消化液には窒素・リン酸・カリなどの肥料成分が豊富に含まれるものの、農地への散布は季節や天候に左右され、散布可能な農地が確保できない場合は排水処理が必要となります。
余剰の消化液を浄化処理して河川放流する場合には、高濃度のBOD(生物化学的酸素要求量)や窒素を下げるための莫大な設備投資とランニングコストが発生します。
農林水産省の資料によると、排水処理にかかるコストは1tあたり約5,000円と試算されており、液肥として散布する場合の約2,000円/tと比較して2倍以上のコスト負担が必要になります。
農林水産省資料(PDF):家畜排せつ物のメタン発酵によるバイオガスエネルギー利用
こうした背景のもと、農研機構と旭化成は2019年より、家畜排泄物や食品残渣などのバイオマスを微生物によって分解し、植物が直接吸収しやすい硝酸態窒素へ変換して養液栽培に活用する「プロバイオポニックス技術」の共同研究を開始しました。
2022年には日本農林規格(JAS)として「プロバイオポニックス技術による養液栽培の農産物」が新設され、技術の標準化が進んでいます。
旭化成プレスリリース:日本農林規格(JAS)「プロバイオポニックス技術による養液栽培の農産物」の新設
従来の消化液利用との違い バイオガス事業者のメリット
バイオガス発電事業者にとって、農研ネイチャー・ポニックスが提供するソリューションは、3つの観点で従来手法との差別化が図られています。
- 消化液の「廃棄物」から「有価物」への転換: これまで処理コストの対象であった消化液を、商品として販売可能な液体肥料に変えることで、プラント全体の収益性改善が期待されます。
- 季節に左右されない通年利用: 露地農地への散布では冬季や降雨時に利用が制限されますが、養液栽培向けの液体肥料であれば、施設園芸を中心に年間を通じた安定供給・消費が可能になります。
- 環境配慮型の付加価値:有機質由来の液体肥料を使用した農産物はJAS規格に基づく差別化が可能であり、環境配慮型農業への転換を進める農業生産者にとって魅力的な選択肢となります。
Nature Ponics技術による液体肥料製造の意義
日本の農業は化学肥料原料の大部分を海外からの輸入に依存しており、肥料価格の高騰や供給リスクが大きな課題となっています。
政府が推進する「みどりの食料システム戦略」でも、化学肥料の使用量低減と国内資源の循環利用は重要目標に掲げられています。
農林水産省資料(PDF):みどりの食料システム戦略(概要)
同社の技術は、国内の未利用バイオマス資源から窒素を製造する「国産肥料」の実現を目指すものであり、バイオガス事業者にとっても、消化液処理という長年のボトルネックに対する新たな出口戦略となります。
今後、Nature Ponics技術の普及が進めば、メタン発酵プラントの事業モデルそのものが「エネルギー生産+液体肥料製造」という複合型に進化する可能性があります。
旭化成はすでに2023年からイオンアグリ創造との共同でバイオマス活用養液栽培の実証を進めており、商業規模での展開に向けた知見が蓄積されつつあります。
Nature Ponicsのシステムが全国のメタン発酵プラントに導入された場合、資源循環型社会の構築や化学肥料依存の低減など、様々なメリットが期待できます。






