英国のバイオガス業界団体ADBA(Anaerobic Digestion and Bioresources Association)は、中東紛争によるガス価格の急騰を受け、スターマー首相に対して国内バイオメタン生産の迅速な増産を求めています。
ADBA:PM should back British biomethane in energy crisis
ADBAによると、英国の現行バイオメタン生産量は年間約7TWhですが、規制緩和による既存プラントの生産上限(Cap)撤廃によって、約30%の増産ポテンシャルが生まれると指摘しています。
プラントの規制緩和を実施すると、来冬までにバイオメタンを約9TWhまで増産することが可能で、これは2024年に英国がカタールから輸入した天然ガスの総量に匹敵します。
中東紛争によるガス価格急騰と英国のエネルギー脆弱性

2026年3月現在、中東・湾岸地域の紛争がホルムズ海峡経由のエネルギー輸送を混乱させています。欧州向けガス価格も急騰しており、英国企業や家庭への影響が懸念されています。
米国エネルギー情報局(EIA)も、3月10日に発表したShort-Term Energy Outlookで、LNG流通の減少が欧州・アジアのガス価格上昇を招いていると分析しています。
U.S. Energy Information Administration(EIA) Report:Short-Term Energy Outlook
英国はこの価格変動に対して特に脆弱な構造を抱えており、欧州の比較可能な国々と比べてガス貯蔵容量が少なく、国内天然ガス生産は北海油田の成熟化に伴い減少傾向にあります。
ADBAのプレスリリースによると、英国はガス純輸入国であり、国際市場の変動に大きな影響を受けていると指摘しています。
この状況下で急務となっているのが、海外情勢に左右されない国産エネルギーの確保であり、イギリス政府はこれまでも再生可能エネルギーの導入を進めてきました。
天候に左右されず、直接的な熱利用・ガス導管網への注入が可能なグリーンガスとして、バイオメタンの重要性が改めてクローズアップされています。
ADBAの提言 バイオメタン増産と生産上限の撤廃
ADBA議長のChris Huhne氏は、スターマー首相に書簡を送り、国内バイオメタン生産の阻害要因となっている生産上限や、規制障壁を即時撤廃するよう求めました。
ADBA スターマー首相宛て書簡(PDF):ADBA Letter to UK Prime Minister on Iran Crisis 16 March 2026
ADBAが首相宛の書簡で求めている具体的な規制改革は以下のとおりです。
- Green Gas Support Scheme(GGSS)内の生産上限の撤廃: 技術的に増産能力があるにもかかわらず、補助制度上の上限により出力を制限されているプラントの解放
- ガスグリッド注入制限の改革: 既存プラントがフル稼働できるよう、配管網への注入量制限の見直し
- 国内グリーンガスの輸入LNGに対する優先利用: 国産バイオメタンをLNG輸入よりも優先的に使用する仕組みの整備
- ネットワーク柔軟性技術への投資: ガスグリッド内でのガスの流動性を高める技術投資の促進
- プロパン混合規制の廃止: バイオメタンをガスグリッドに注入する際にプロパンを添加するという旧来の規制を撤廃することで、コストと工程の削減を図る
追加的インフラ投資なしで供給量増加が可能
現在、英国では750基以上のバイオガスプラントが稼働しており、年間約3,600万トンの有機廃棄物を処理しています。そのうち、バイオメタン生産施設は119(2025年6月現在)となっています。
参考記事:ヨーロッパのバイオメタン市場を知る 欧州バイオメタンマップ
バイオメタンは食品廃棄物、農業残渣などの有機物を嫌気性消化(メタン発酵)で分解し、精製・アップグレードすることで天然ガスと化学的に同一のガスとなり、既存のガスグリッドにそのまま注入可能です。
つまり、追加的なインフラ投資を抑えつつ、国内供給量を短期間で増加させられる点が大きな強みです。
英国バイオメタンの現状と増産計画
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 現行バイオメタン生産量 | 年間約7TWh |
| 規制緩和後の増産見込み | 年間約9TWh(来冬まで) |
| 生産増加後の総量 | カタールからのガス輸入量(2024年度)とほぼ同等 |
| 稼働中のバイオガスプラント数 | 750基以上 |
| 年間処理有機廃棄物量 | 約3,600万トン |
| 長期的なバイオメタン生産ポテンシャル | 年間最大120TWh(英国ガス需要の20〜50%) |
欧州バイオメタン事例 デンマーク40%、フランスも急拡大
ADBAの提言は、欧州の先行事例に基づいています。2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受け、EUはバイオガス・バイオメタンをエネルギー安全保障戦略の中核に位置づけました。
その結果、デンマークでは現在、国内ガス需要の約40%をバイオメタンで賄い、フランスもバイオメタンの生産を急速に拡大しています。
欧州の主要産業団体11組織も、バイオメタン規制の明確化と投資の加速が急務であることを訴えており、2026年3月にブリュッセルで「共同バイオメタン宣言(Joint Biomethane Declaration)」を発表しています。
参考記事:欧州バイオメタン共同宣言 EU産業団体が政策加速を要請
一方、英国はBrexit後にEUとのエネルギー政策の枠組みの違いが生じ、EUのREPowerEU関連の恩恵は受けられないため、バイオメタン政策・制度面の戦略的活用でEU諸国に後れを取っている状況です。
ADBAの2024年12月発表のレポート「The Role of Green Gas in Net Zero」では、バイオメタンをエネルギーシステム全体に統合することで、その開発コストを約2,980億ポンド削減できるとの試算が示されています。
ADBAレポート:REPORT – The Role of Green Gas in Net Zero | December 2024
さらに、2025年7月に英国のNESO(National Energy System Operator)が発表したFuture Energy Scenarios 2025では、初めてバイオメタンが独立したエネルギーベクターとして評価されました。
「Holistic Transition」シナリオでは、2050年までに最低64TWhのバイオメタン供給が必要とされましたが、実際はこの量を上回る供給能力があるとしています。
NESO(National Energy System Operator) Report:Future Energy Scenarios 2025: Pathways to Net Zero
英国バイオメタン政策 今後の展望
今回のADBA書簡は首相のほか、Ed Miliband エネルギー安全保障・ネットゼロ大臣、Michael Shanks エネルギー担当国務大臣、Lord Whitehead(ホワイトヘッド卿)DESNZ担当大臣に共有されています。
英国政府は2025年12月にGGSSの2年延長(2030年3月末まで)を発表しており、バイオメタンセクターへの政策的支援は継続される方向にあります。
しかし、ADBAは長期的な後継支援制度の早期策定と、排出権取引制度(UK ETS)でのバイオメタンの正当な評価を強く求めており、政策議論はまだ途上にあります。
今回のADBAの提言が注目に値するのは、バイオメタンが将来の技術ではなく、既存インフラで今すぐ増産可能なエネルギー源として提示されている点です。
ガスグリッドに直接注入可能で、大規模インフラの追加投資を抑制できるバイオメタンの特性は、エネルギー安全保障と脱炭素の両立という点においてメリットになります。






