バイオガスプラント メタン発酵プロセスのモニタリングとトラブル対策

バイオガスプラントの心臓部であり、収益性の鍵を握る「メタン発酵槽」のご機嫌をいかに取り、安定かつ高効率な状態を維持するかが、プラント運営成功の核心となります。

しかし、「昨日まで順調だったのに、急にガスが出なくなった」、「原因不明の泡が止まらない」などのトラブルは、多くのプラント運営者が経験する悩みです。

この記事では、バイオガスプラントの安定稼働を実現するために不可欠な「発酵プロセスのモニタリング体制構築」や、「代表的なトラブル(pHドロップ、発泡、ガス品質劣化など)への実践的な対処法」「持続的な改善サイクル」を解説します。

目次

メタン発酵プロセスを最適化するモニタリング体制

メタン発酵という複雑な生物化学プロセスを安定させ、その能力を最大限に引き出すためには、発酵槽内の状態を継続的かつ正確に把握するモニタリング体制の構築が第一歩となります。

また、メタン発酵は目に見えない微生物の活動に依存しており、問題が発生してからでは手遅れになるケースがあります。勘や経験だけに頼るのではなく、客観的なデータに基づいて運転状況を評価し、変化の兆候を早期に捉えることが重要です。

例えば、発酵阻害の前兆であるVFA(揮発性脂肪酸)の蓄積を早期に検知できれば、原料投入量の調整などの予防的な対策を講じることができ、深刻なpHドロップ(アシドーシス)による長期の運転停止や立ち上げ直しといった経済的損失(数百万~数千万円規模の逸失利益も)を回避できます。

リアルタイム監視の必要性とメリット

メタン発酵プロセスは、投入原料の量や質、温度などの外部要因によって常に変化しています。

これらの変化に対する微生物群集の応答を迅速に捉え、最適な状態を維持するためには、主要なパラメータをリアルタイム(またはそれに近い頻度)で監視することが理想的です。

発酵槽リアルタイム監視の必要性

  • 変化への迅速な対応: 発酵槽内の状況は、時々刻々と変化します。特に、原料投入直後や急激な温度変化があった場合など、短時間でプロセスバランスが崩れる可能性があります。リアルタイム監視により、これらの変化を即座に検知し、対応することができます。
  • 異常の早期発見: pHの急低下、VFAの急上昇、ガス発生量の急減など、トラブルの前兆を早期に捉えることで、問題が深刻化する前に対策を講じることが可能になります。
  • プロセスの「見える化」: 連続的なデータにより、プロセスの動的な挙動をより深く理解することができます。これにより、運転パターンの最適化や、隠れた問題点の発見に繋がります。

発酵槽リアルタイム監視のメリット

  • 安定性の向上: メタン発酵プロセスを常に最適な状態に保つための制御が可能になり、運転が安定します。
  • 効率の最大化: メタン発酵効率を低下させる要因を早期に取り除くことで、バイオガス生成量を最大化できます。
  • トラブル対応コストの削減: 大規模なトラブルに至る前に対処できるため、復旧にかかる時間やコストを削減できます。
  • 省人化・自動化への貢献: 連続監視により、オペレーターの負担を軽減し、将来的にはAIなどと連携した自動制御・自律運転への道を開きます。

温度、pH、ガス組成などは比較的容易にリアルタイム監視が可能ですが、VFAなど分析に時間のかかる項目についても、オンラインセンサーや自動サンプリング・分析システムの導入が進んでいます。

主要KPI(ガス生成量・VFA/ALK比・pH)の設定方法

バイオガスプラントの運転状況を客観的に評価し、目標達成度を確認するためには、主要なKPI(重要業績評価指標)を設定し、その目標値(管理範囲)を明確にすることが重要です。

特にメタン発酵プロセスの安定性を見る上で、以下のKPIは必須と言えます。

KPIの設定例と目標値(一般例)

  • バイオガス生成量(Nm³/日): プラントの生産性を示す最も基本的な指標。設計値や過去の実績と比較し、安定して目標レベルを維持しているか確認します。
  • ガス収率(Nm³/t-投入VSなど): 投入した有機物量に対するガス発生効率。原料の種類によって目標値は異なりますが(例:家畜ふん尿系で0.3-0.5、食品系で0.5-0.8 Nm³/kg-VS)、安定しているか、低下傾向にないか監視します。
  • メタン濃度(%): ガス品質の指標。通常50~70%の範囲で安定していることが望ましい。急激な低下は発酵異常のサインです。
  • pH: メタン生成菌の至適範囲である6.8~7.5程度(中温・高温)を維持。急激な低下(例:0.5以上の低下/日)は危険信号です。
  • VFA(揮発性脂肪酸)濃度(mg/L): 低級脂肪酸の蓄積度合い。酢酸換算で通常数百~2000 mg/L以下が目安。急上昇に注意。
  • アルカリ度(mgCaCO₃/L): pHの緩衝能力。通常2000~10000 mg/L以上が望ましい。
  • VFA/アルカリ度比(無次元): 発酵バランスを示す最も重要な指標の一つ。0.3~0.4以下を維持することが安定運転の目安とされます。0.8を超えると不安定、1.0を超えると阻害状態の可能性が高いです。
  • アンモニア態窒素(NH₄-N mg/L): 窒素分の多い原料の場合、高濃度(例:遊離アンモニアとして数百mg/L以上)で阻害要因となるため監視。
  • 硫化水素濃度(ppm): ガス品質と後段設備への影響。目標値(例:数百ppm以下)を設定し管理。

これらのKPIの目標値や管理幅は、プラントの設計、原料の種類、過去の運転データなどに基づいて、個別に設定・調整していく必要があります。

データロギングとヒストリアンの活用ポイント

モニタリングで得られた貴重なデータを最大限に活用するためには、それらを確実に記録し(データロギング)、後から容易に参照・分析できる形で蓄積する仕組み(ヒストリアン)が不可欠です。

データロギングの重要性

  • 運転状況の記録・証跡: いつ、何が起こったかを正確に記録することで、トラブル発生時の原因究明や、官庁への報告、性能評価のエビデンスとなります。
  • 傾向分析: 短期的な変動だけでなく、中長期的なデータの推移(トレンド)を把握することで、緩やかな変化や季節変動、設備の劣化などを捉えることができます。
  • データ解析の基盤: 蓄積されたデータは、統計解析やAI(機械学習)による、より高度な分析(相関分析、パターン認識、予測モデル構築など)の基礎となります。

ヒストリアン活用とデータの可視化

PLCやセンサーから、必要なデータを適切な周期で自動的に収集・保存します。タグ名、単位、レンジ設定の正確性が重要です。

  • トレンドグラフ: 複数のパラメータ(例:pH, VFA, ガス量)を重ねて表示し、時間的な相関関係を視覚的に把握します。異常発生時の前後比較などに有効です。
  • ダッシュボード: 主要KPIやプラント状態を一目で把握できる画面を作成し、運転員の状況認識を助けます。
  • データ検索・抽出: 特定の期間や条件(例:アラーム発生時)のデータを容易に検索・抽出し、Excelなどの形式でエクスポートできる機能が便利です。
  • レポート作成支援: 日報、月報などの定型レポートに必要なデータを自動集計・表示する機能。
  • 長期保存とバックアップ: 数年分のデータを保存できる容量と、データの消失リスクに備えたバックアップ体制が必要です。

単にデータを貯めるだけでなく、「見たい時に、見たい形で、すぐに見られる」ようにヒストリアンを整備・活用することが、データ駆動型の運転管理の鍵となります。

キーパラメータ計測センサーと設置要領

正確で信頼性の高いモニタリングは、適切なセンサーの選定、正しい設置場所、そして定期的なメンテナンス・校正によって支えられます。

センサーはモニタリングシステムの「目」であり、その情報が不正確であれば、どれだけ高度な制御システムやデータ解析を用いても意味がありません。センサーの故障や測定誤差は、誤った運転判断を引き起こし、プロセス効率の低下やトラブルの原因となります。

一例として、オンラインpHセンサーの校正を長期間怠っていたため、センサーが実際のpHよりも高い値を指示していましたが、オペレーターは指示値を信じ、pHが適正範囲にあると判断していました。

実際には酸性化が進行しており、メタン生成量が徐々に低下。VFA分析で異常に気づいた時には、回復に時間を要する状態になっていました。

この経験から、pHセンサーの定期的な自動洗浄・自動校正機能付きシステムを導入し、測定値の信頼性を確保するように改善されました。

バイオガスプラントの消化液は、固形物、腐食性物質、汚損物質を含む過酷な環境であるため、耐久性、耐汚損性、メンテナンス性を考慮したセンサー選定と、メーカー推奨の設置・保守手順の遵守が不可欠です。

ISO 9001などの品質管理規格でも、計測機器の管理と校正の重要性が定められています。

温度・pH・ORPセンサーの選定と保守

これらは発酵槽の基本的な状態を示す最も重要なパラメータであり、リアルタイムでの連続監視が一般的です。

温度センサー

  • 種類: 熱電対(例:タイプK)、測温抵抗体(例:Pt100Ω)が一般的。
  • 選定ポイント: 測定温度範囲、精度、応答速度、耐食性(接液部材質:SUS316Lなど)、保護管の有無(センサー交換・保守の容易性)。
  • 設置場所: 発酵槽内の代表的な温度を測定できる位置(例:槽の中央付近、循環ライン)。大型槽では複数設置も検討。
  • 保守: 通常、校正はあまり必要ありませんが、定期的に指示値の妥当性を確認(他の温度計との比較など)。保護管内部の熱伝導材の劣化に注意。

pHセンサー

  • 種類: ガラス電極式が主流。比較電極の液絡部の構造(汚れにくさ)が重要。
  • 選定ポイント: 耐汚損性(固形物や硫化物への耐性)、耐圧性、温度補償機能、洗浄・校正の容易さ。自動洗浄機能(水、空気、ブラシなど)や自動校正機能付きホルダーの利用が推奨されます。KCL溶液補充不要のゲルタイプ電極も増えています。
  • 設置場所: 循環ラインやオーバーフローラインなど、メンテナンスしやすい箇所。発酵槽への直接挿入は難易度が高い。
  • 保守: 最も重要。 定期的な洗浄と校正(最低でも週1回、できれば自動校正)が必須。校正液(標準液)の管理も重要。電極の寿命(通常半年~1年程度)を見極め、計画的に交換。

ORP(酸化還元電位)センサー

  • 役割: 発酵槽内の酸化還元状態を示す指標。嫌気状態の維持(例:-300mV以下)を確認するために用いられます。急激な上昇は空気混入などの異常を示唆。
  • 選定・設置・保守: 基本的にpHセンサーと同様の注意が必要。複合電極(pH/ORP一体型)も利用可能。

これらのセンサーは、メタン発酵槽の「バイタルサイン」を捉える基本です。

メタン・CO₂・H₂Sガス分析計のオンライン測定

生成されるバイオガスの量だけでなく、その「質」をリアルタイムで把握することは、発酵状態の評価とガス利用設備の保護に不可欠です。

主な測定項目は、メタン(CH₄)、二酸化炭素(CO₂)、硫化水素(H₂S)、場合により酸素(O₂)が挙げられます。

測定原理

  • CH₄, CO₂: 非分散型赤外線吸収法(NDIR)が最も一般的。精度が高く安定している。
  • H₂S: 電気化学式センサー、定電位電解式センサーが主流。濃度レンジに応じて選定。低濃度測定には半導体式なども。
  • O₂: ジルコニア式、ガルバニ電池式など。空気混入の監視に用いる。

選定ポイント

  • 測定レンジと精度: 予想される濃度範囲に適したレンジを選定。
  • 応答速度: プロセス変化への追従性。
  • 耐環境性: バイオガス中の水分、ダスト、腐食性成分への耐性。前処理(除湿、除塵フィルター)が重要。
  • 干渉ガスの影響: 他のガス成分が測定値に影響を与えないか確認。
  • 校正の容易性: ゼロガス(N₂など)とスパンガス(既知濃度の混合ガス)を用いた定期的な校正が必要。自動校正機能付きが望ましい。
  • 防爆性能: 設置場所が防爆エリアの場合は、適合した防爆構造が必要。
  • 設置場所: 発酵槽出口、ガスホルダー出口、脱硫装置前後、ガス利用設備(CHPなど)入口など、目的に応じて複数設置。
  • 保守: フィルター交換、センサー交換(寿命あり)、定期的な校正が必須。サンプリングラインの詰まりや結露にも注意。

ガス分析計のデータは、発酵効率の評価(メタン濃度)や、ガス処理・利用設備の運転管理に直結します。

固形分・粘度モニタリングによる撹拌効率評価

発酵槽内の適切な混合・撹拌は、①微生物と基質の接触促進、②温度・pHの均一化、③生成ガスの離脱促進、④スカム形成抑制のために重要です。

撹拌が適切に行われているかを間接的に評価するために、固形分濃度や粘度のモニタリングが有効な場合があります。

固形分(TS/SS)濃度センサー

  • 原理: 超音波式、光学式(近赤外線散乱光など)、マイクロ波式など。
  • 目的: 発酵槽内の固形分濃度分布の均一性を確認したり、固液分離プロセスの効率を監視したりする。
  • 選定・設置ポイント: 測定レンジ、耐汚損性、設置場所(代表的な値が得られるか、撹拌の影響は?)。オンラインでの連続測定は技術的な難易度が高く、コストもかかるため、導入は限定的。サンプリングによる定期的な分析が一般的。

粘度センサー

  • 原理: 回転式、振動式、超音波式など。
  • 目的: 消化液の粘度変化を監視し、撹拌不良(粘度上昇)や異常な発酵状態(例:多糖類生成による粘度上昇)の兆候を捉える。
  • 選定・設置ポイント: 測定レンジ、温度依存性、耐食性、耐固形物性。これもオンライン測定は難易度が高く、導入事例は少ない。

撹拌効率の評価として、これらのセンサー値を直接利用するほか、撹拌機のトルク(モーター電流値)や、槽内の温度分布(複数点の温度センサー)を監視することも、撹拌状態を評価する間接的な指標となります。

トルクの異常な上昇・低下や、温度ムラの発生は、撹拌不良やスカム形成を示唆する可能性があります。

撹拌効率の直接的なオンライン評価は難しいですが、関連するパラメータを監視することで、間接的にその状態を推測し、撹拌方法の最適化に繋げることが可能です。

AI・データ解析による異常予兆検知とフィードバック制御

蓄積された大量のモニタリングデータを活用し、AI(人工知能)や高度なデータ解析技術を用いることで、人間の経験や勘だけでは捉えきれない複雑なプロセスの変動パターンを学習し、異常の兆候をより早期に検知したり、プロセスを最適に制御する取り組みが進んでいます。

メタン発酵プロセスは、多数のパラメータが相互に影響し合う非線形かつ動的なシステムであり、その挙動を完全に理解し予測することは困難です。

AI(特に機械学習)は、大量の過去データから複雑な相関関係やパターンを自動的に学習し、高精度な予測モデル異常検知モデルを構築する能力に長けています。

これにより、例えば微妙なセンサー値の変化から将来のVFA上昇リスクを予測したり、複数のパラメータの組み合わせから通常とは異なる「異常な状態」を検知したりすることが可能になります。

ドイツの研究機関「フラウンホーファー IKTS」では、過去の運転データ(温度、pH、VFA、ガス量、原料投入量など)を機械学習させ、数時間~数日後のVFA濃度とガス生成量を予測するAIモデルを開発しています。

この予測情報に基づき、オペレーターは原料投入量を事前に調整することで、VFAの急上昇を未然に防ぐことができるようになりました。

さらに、この予測モデルをモデル予測制御(MPC)システムに組み込み、原料投入ポンプや撹拌機などを自動で最適制御することで、オペレーターの介入なしに、より安定した高効率運転を目指す実証試験も行われています。

フラウンホーファー IKTS:AI-controlled biogas production

機械学習モデルでガス生成量を予測する手法

将来のバイオガス生成量を精度良く予測できれば、発電計画の最適化、原料投入スケジュールの調整、プロセス異常の早期発見などに役立ちます。機械学習は、この予測モデル構築に有効なツールです。

主な機械学習手法

  • 回帰モデル: 過去の入力データ(説明変数)とガス生成量(目的変数)の関係を学習し、新たな入力データから将来のガス生成量を予測します。
    線形回帰、決定木、ランダムフォレスト、勾配ブースティング(例:XGBoost, LightGBM)、サポートベクター回帰(SVR)など。
  • 時系列モデル: 過去のガス生成量の時系列パターン自体を学習し、将来の値を予測します。
    ARIMA、SARIMA、指数平滑法など。
  • ニューラルネットワーク(深層学習): より複雑な非線形関係を捉えることができます。
    RNN(リカレントニューラルネットワーク)、LSTM(長短期記憶)、GRU(ゲート付きリカレントユニット)などが時系列予測に用いられます。

モデル構築のステップ

  • データ収集・前処理: 過去の運転データ(温度, pH, VFA, 原料種類・量, ガス量など)を収集し、欠損値補完、ノイズ除去、正規化などの前処理を行います。
  • 特徴量エンジニアリング: 予測に有効な特徴量(例:VFA/アルカリ度比、有機物負荷率、過去のガス量の移動平均など)を作成します。
  • モデル選択と学習: 適切な機械学習手法を選択し、過去データを用いてモデルを学習(パラメータ調整)させます。
  • モデル評価: 学習に使用していないデータを用いて、モデルの予測精度(例:RMSE, MAE)を評価します。
  • モデル展開と運用: 精度が確認されたモデルを実際の運用システムに組み込み、予測結果を利用します。定期的に最新データでモデルを再学習・更新することが重要です。

どの手法が最適かは、データの特性や量、予測期間、要求精度などによって異なります。

異常クラスタリングで早期警報を出すアルゴリズム

プラントの異常は、単一のパラメータだけでなく、複数のパラメータの組み合わせによって現れることがあります。

クラスタリングは、大量のデータの中から類似したパターンを持つデータ群(クラスター)を見つけ出す教師なし学習の手法であり、これを応用して「正常状態」と「異常状態(またはその前兆)」を区別し、早期警報に繋げることができます。

プラント異常検知への応用

  • 正常状態の学習: まず、プラントが安定して稼働している期間の多次元データ(温度、pH、VFA、ガス量、圧力、電流値など、多数のパラメータ)を用いて、「正常な運転状態」がどのようなデータ分布(クラスター)を形成するかを学習します。
    手法例: k-means法、DBSCAN、階層的クラスタリング、自己組織化マップ(SOM)、One-Class SVMなど。
  • リアルタイム監視と逸脱検知: リアルタイムで取得される多次元データが、学習した「正常クラスター」からどの程度逸脱しているかを評価します。
  • 異常スコアリングと警報: 逸脱度が大きいデータ点(どの正常クラスターにも属さない、あるいは異常として学習させたクラスターに近い点)に対して高い「異常スコア」を付け、スコアが閾値を超えた場合に早期警報を発します。

応用のメリットとして、未知の異常パターン(事前に定義されていない異常)も検知できる可能性があります。

また、単一パラメータの閾値監視では捉えられない、複数のパラメータの微妙な変化の組み合わせによる異常の兆候を捉えることができます。

クラスタリングの注意点

  • どの程度の逸脱を「異常」と判断するかの閾値設定が重要であり、試行錯誤が必要です。
  • 誤報(正常なのに異常と判断)や未検知(異常なのに正常と判断)のバランスを考慮する必要があります。
  • 異常検知だけでなく、「なぜ異常なのか」の原因特定には、さらなる分析や専門家の知見が必要です。

クラスタリングによる異常検知は、従来の閾値ベースのアラームシステムを補完する有効な手段となり得ます。

自動制御(PID・モデル予測)による負荷最適化

モニタリングデータやAIによる予測結果を、プラントの自動制御にフィードバックすることで、より安定した効率的な運転を目指します。

PID制御の最適化

PID(比例・積分・微分)制御は、温度、pH、レベルなどの単一ループ制御に広く用いられています。

メタン発酵プロセスは応答が遅く、非線形性を持つため、PIDパラメータ(Pゲイン, I時間, D時間)のチューニングが難しい場合があります。

試運転時や原料変更時に、実際の応答を見ながらパラメータを再調整(オートチューニング機能の活用も)し、オーバーシュートやハンチング(振動)がなく、目標値に安定して追従するように最適化します。

高度な制御手法

  • カスケード制御: 主制御ループ(例:発酵槽温度)と、それに関連する副制御ループ(例:温水循環流量)を組み合わせ、外乱(例:外気温変化)の影響を抑制します。
  • フィードフォワード制御: 制御対象に影響を与える外乱(例:原料投入量の変化)を事前に検知し、それが影響を及ぼす前に操作量(例:加温量)を補正します。
  • モデル予測制御(MPC):プロセスの数学モデル(物理モデルまたはデータ駆動型モデル)を用いて、将来の挙動を予測し、それを基に現時点での最適な操作量(例:原料投入量、撹拌強度)を決定する制御手法です。複数の入力と出力、制約条件(例:VFA濃度上限、ポンプ能力)を考慮した最適化計算を行います。

    発酵プロセスのような応答が遅く、多変数干渉のある複雑なシステムの制御に適していると期待されています。AIによる予測モデルと組み合わせることで、より精度の高い制御が可能になります。

これらの高度な制御手法の導入には専門知識が必要ですが、メタン発酵プロセスの安定化と効率向上に大きく貢献する可能性があります。

pHドロップ・VFA急増時のトラブル対策

メタン発酵プロセスにおける最も一般的で深刻なトラブルの一つが、pHの急激な低下(pHドロップ)とそれに伴うVFA(揮発性脂肪酸)の急増、通称アシドーシスです。

これは、有機物の分解(酸生成)速度にメタン生成速度が追いつかず、中間生成物であるVFAが蓄積することで発生し、放置するとメタン生成菌の活動が完全に停止し、回復に長期間を要することがあります。

メタン生成菌は、酸生成菌に比べて増殖速度が遅く、環境変化(特にpH低下)に非常に敏感です。pHが6.5を下回るとメタン生成活性は著しく低下し始め、6.0以下ではほとんど停止してしまいます。VFA自体も高濃度では阻害物質となります(特にプロピオン酸や酪酸)。

この状態から慌てて大量のアルカリ剤(水酸化ナトリウム)を投入すると、急激なpH変化がさらなるショックとなり、バイオガス生産は完全にストップします。

多くのプラント立ち上げ失敗の原因が、このアシドーシスへの対応の遅れや不備にあります。

最終的に原料投入を完全に停止し、健全なシードスラッジを大量に補充すると、約1ヶ月程度で正常な状態に戻ります。

酸性発酵への移行メカニズムと診断フロー

pHドロップ・VFA急増(アシドーシス)に至るメカニズムを理解し、その兆候を早期に捉えるための診断フローを確立することが重要です。

酸性発酵の移行メカニズム

  1. 過負荷状態: 有機物投入量が微生物の処理能力(特にメタン生成菌の能力)を超える。
  2. 酸生成の先行: 増殖の速い酸生成菌が有機物を分解し、VFA(酢酸、プロピオン酸、酪酸など)を急速に生成する。
  3. 緩衝能力の消費: 生成されたVFAが、消化液中のアルカリ度(重炭酸塩など)を消費していく。
  4. pH低下: アルカリ度が消費され尽くすと、pHの緩衝能力がなくなり、VFAの蓄積によってpHが急激に低下する。
  5. メタン生成阻害: 低pHと高濃度VFAにより、メタン生成菌の活動が阻害され、さらにVFA蓄積が進む悪循環に陥る。

アシドーシスの診断フロー

  • 監視: pH、VFA、アルカリ度、VFA/ALK比、ガス量、メタン濃度を定期的に(できればリアルタイムで)監視。
  • 初期兆候検知:
    VFA/ALK比が上昇傾向(例:0.4を超える)。
    VFA濃度が上昇傾向(例:2000 mg/Lを超える)。
    pHが低下傾向(例:7.0を下回る)。
    ガス量やメタン濃度が低下傾向。
  • 原因調査:
    原料投入量・質に変化はなかったか?(過負荷)
    温度は安定しているか?(温度ショック)
    阻害物質(例:高濃度アンモニア、硫化物、消毒剤)の混入はないか?
    撹拌は正常か?
  • 重症度判断: VFA/ALK比やpHの値から、どの程度深刻な状態か判断する(軽度、中等度、重度)。
  • 対策実施: 重症度と原因に応じて、次項以降の対策を講じる。

アシドーシスを早期(VFA/ALK比が0.4~0.6程度)に検知し、原因(多くは過負荷)を取り除けば、軽微な調整で回復できる可能性が高いです。

アルカリ剤投入量の計算と段階的補正

pHが低下し、VFAが蓄積した場合、発酵槽内の緩衝能力(アルカリ度)を回復させ、pHを適正範囲に戻すために、アルカリ剤を投入することが有効な対策となります。

主なアルカリ剤

  • 炭酸水素ナトリウム(NaHCO₃, 重曹): 安全性が高く、pHを急激に上げすぎないため、最も一般的に用いられる。ただし、溶解度やコストに注意。
  • 水酸化ナトリウム(NaOH, 苛性ソーダ): 強アルカリで効果は高いが、pHを急激に上昇させやすく、取り扱いにも危険が伴うため注意が必要。局所的に高pHにならないよう、希釈や投入方法に工夫が必要。
  • 炭酸ナトリウム(Na₂CO₃): 重曹と苛性ソーダの中間的な性質。
  • 水酸化カルシウム(Ca(OH)₂, 消石灰): 安価だが、溶解度が低く、スケール(炭酸カルシウム)生成の原因となることがある。

アルカリ剤投入量の計算(目安)

目標とするアルカリ度上昇量(mgCaCO₃/L)から、必要なアルカリ剤の量を計算します。

計算例(炭酸水素ナトリウムの場合):アルカリ度を1000mgCaCO₃/L 上昇させたい場合。

NaHCO₃の分子量 = 84, CaCO₃の分子量 = 100。

1モルのCaCO₃は2モルのアルカリ度に相当し、1モルのNaHCO₃は1モルのアルカリ度に相当すると考えると、当量関係から必要なNaHCO₃量は、 1000 [mgCaCO₃/L] * (84 [g NaHCO₃/mol] / (100 [g CaCO₃/mol] / 2)) = 1680 [mg NaHCO₃/L]

つまり、消化液1m³あたり約1.68 kgの炭酸水素ナトリウムが必要という計算になります。(注:これは理論的な目安であり、実際の必要量は消化液の性状により異なります)

アルカリ剤投入量の段階的補正

一度に大量のアルカリ剤を投入すると、急激なpH変化を引き起こし、微生物にショックを与える可能性があります。

計算された必要量を数回に分けて、数時間~1日かけて投入し、pHやアルカリ度の変化を確認しながら調整します。同時に、原料投入量を減らすか一時停止することが必須です。

アルカリ剤投入は対症療法であり、根本原因(過負荷など)の解決と並行して行う必要があります。

シードスラッジ追加による微生物バランス回復

アシドーシスが進行し、メタン生成菌の活性が著しく低下してしまった場合、アルカリ剤投入だけでは回復が困難なことがあります。

このような場合には、健全なメタン発酵活性を持つシードスラッジ(種菌)を追加投入することが、微生物バランスを回復させるための有効な手段となります。

シードスラッジ追加の目的

活性の高いメタン生成菌を外部から供給し、発酵槽内の菌叢(マイクロバイオーム)を再構築し、不足している緩衝能力(アルカリ度)を補います(シードスラッジ自体もある程度のアルカリ度を持つため)。

実施の判断基準としては、pHが6.5以下、VFA/ALK比が1.0を超える状態が続いたり、アルカリ剤を投入しても、VFA濃度が低下せず、ガス発生が回復しない場合があります。

シードスラッジ追加の手順

  • シードスラッジの確保: 前述の「適切なスタートアップ菌体(シードスラッジ)の選定」と同様に、処理原料に適合した、活性の高いスラッジを確保します。
  • 発酵槽内の調整: シードスラッジ投入前に、発酵槽内のpHをアルカリ剤で可能な限り6.5以上に調整しておきます(投入するシードスラッジへのダメージを軽減するため)。
  • 投入量: 状態の深刻度によりますが、発酵槽容量の10~30%程度を目安に追加投入します。投入は一度に行わず、数日に分ける場合もあります。
  • 投入後の管理: シードスラッジ投入後も、原料投入は抑制したまま、pH、VFA、アルカリ度、ガス発生量を注意深く監視します。VFA濃度が低下し、ガス発生が回復傾向を示したら、ごく少量から段階的な原料投入を再開します。

シードスラッジの追加は最終手段に近いですが、回復を早めるためには効果的な方法です。ただし、コストと手間がかかるため、まずはアシドーシスに陥らないための予防的な管理が最も重要です。

発泡・スカム発生の原因解析と対策

発酵槽内での過剰な発泡(フォーミング)や、液面に固形物が浮上・集積するスカム層の形成は、運転管理上の大きな悩みの種です。

発泡やスカムの発生メカニズムは複雑で、複数の要因が絡み合っています。原料に由来する界面活性様物質(タンパク質、脂質、多糖類など)の存在、微生物活動(特定の菌の増殖、細胞外高分子物質EPSの生成)物理化学的条件(pH、温度、イオン強度、ガス発生速度)、そして撹拌などの運転条件が影響します。

これらは見た目の問題だけでなく、ガス回収効率の低下、配管閉塞、センサー誤動作、さらには発酵槽からの溢れ出しによる環境汚染や設備損傷に繋がる可能性があります。

界面活性物質とタンパク質由来泡の識別

発泡の原因を特定するためには、泡の性状を観察し、原因となり得る物質を推測することが第一歩です。

泡の性状観察

  • 粘性・安定性: ベタベタして消えにくい泡は、タンパク質や多糖類(EPS)などが原因である可能性が高い。一方、比較的サラサラしてすぐに消える泡は、ガス発生が活発なだけ、あるいは一時的な要因(例:温度変化)の可能性があります。
  • 色・臭い: 泡の色や臭いが通常と異なる場合、特定の原料や異常な発酵状態を示唆することがあります。
  • 発生タイミング: 原料投入後や温度変更後など、特定の操作の後に発生しやすいか確認します。

原因物質の推定と識別

  • タンパク質由来: 肉類、乳製品、大豆製品、酵母、一部の食品加工残渣などを多く投入した場合に発生しやすい。泡が安定し、粘性が高い傾向がある。消化液のタンパク質濃度や窒素濃度を分析することで間接的に確認。
  • 脂質由来: 動植物油脂、廃食油などを多く投入した場合。スカム形成の原因にもなりやすい。消化液の油分濃度を分析。
  • 多糖類(EPS)由来: 特定の微生物が過剰に増殖し、細胞外高分子物質(EPS)を生成した場合。粘性が非常に高く、消泡が困難なことがある。顕微鏡観察で特定の微生物(例:糸状菌)を確認。
  • 界面活性剤混入: 洗剤などが原料に混入した場合。泡立ちが激しく、安定していることが多い。原料の受け入れ履歴を確認。
  • 物理化学的要因: 急激なガス発生(負荷変動)、pH・温度変化、イオン強度なども泡の安定性に影響します。

原因を特定することで、より効果的な対策(原料調整、運転条件変更、適切な消泡剤選択など)を講じることが可能になります。

機械撹拌・ガスリフト変更による泡抑制

発泡やスカムに対する物理的な対策として、発酵槽内の混合・撹拌方法を調整することが有効です。

機械撹拌の調整

泡やスカムを破砕するため、一時的に撹拌機の回転速度を上げたり、運転時間を長くしたりします。

ただし、過剰な撹拌はエネルギー消費を増やし、泡を細かくして逆に安定化させてしまう可能性もあるため、試行錯誤が必要です。間欠運転のパターン(ON/OFF時間)を調整することも有効な場合があります。

撹拌方式の見直し

  • 液面付近の撹拌強化: 液面に向けて消化液を噴射するノズルを追加したり、液面付近で回転するタイプの撹拌機を導入したりすることで、スカム層の形成を抑制し、泡を破壊します。
  • 上下方向の撹拌: プロペラ式やパドル式撹拌機で、槽全体の混合を促進し、固形物の沈降や浮上を防ぎます。

ガスリフト(ガス撹拌)の調整

発酵槽底部からバイオガスや不活性ガスを吹き込み、その気泡の上昇力で消化液を混合・撹拌する方法です。

  • ガス注入量・頻度の変更: 注入量を増やしたり、注入頻度を高めたりすることで、撹拌効果を高め、泡やスカムを破壊します。
  • 注入ノズルの位置・形状: 槽内のデッドスペース(混合不良箇所)をなくすように、ノズルの配置を最適化します。
  • 注意点: ガス注入量が多すぎると、エネルギー効率が悪化したり、槽内の温度分布に影響を与えたりする可能性があります。

多くの場合、機械撹拌とガスリフトを組み合わせ、それぞれの長所を活かしながら、プラントの状況に合わせて最適な運転パターンを見つけることが重要です。

消泡剤選定と投入タイミングの最適化

物理的な対策だけでは発泡を抑制しきれない場合や、緊急的な対応が必要な場合には、化学的な対策として消泡剤の使用が検討されます。

消泡剤の種類

  • シリコン系消泡剤: 最も一般的に使用される。消泡効果が高く、比較的少量で効果を発揮し、多くの発酵プロセスに影響を与えにくいとされる。食品添加物グレードのものもある。
  • アルコール系消泡剤: 速効性があるが、効果の持続時間は短い傾向がある。
  • 油脂系・脂肪酸系消泡剤: 天然物由来で生分解性が高いが、効果はシリコン系に劣る場合がある。メタン発酵の基質にもなり得る。
  • 界面活性剤系消泡剤: 特定の条件下で使用されることがある。

消泡剤 選定のポイント

  • 消泡効果: 対象とする泡(原因物質)に対して効果が高いか、事前にビーカーテストなどで確認することが望ましい。
  • プロセスへの影響: メタン発酵(微生物活性)に悪影響を与えないか。特に、シリコン系以外は微生物によって分解され、VFA増加などに繋がる可能性も考慮する。
  • 安全性・環境適合性: 取り扱いの安全性、環境への影響(生分解性など)。
  • コスト: 効果と価格のバランス。

消泡剤の投入タイミングと方法

  • 投入タイミング: 継続的に投入するのではなく、発泡が始まった初期段階や、特定の操作(例:原料投入直後)に合わせて間欠的に投入するのが効率的。液面センサーや画像センサーで発泡を検知し、自動投入するシステムも有効。
  • 投入方法: 発酵槽の液面に直接添加するか、循環ラインに注入します。局所的に高濃度にならないよう、少量ずつ、分散させて投入することが望ましい。
  • 投入量の最適化: 過剰投入はコスト増に繋がるだけでなく、プロセスへの悪影響(例:シリコンの蓄積)も懸念されるため、効果が得られる最小限の量を見つけることが重要です。

消泡剤はあくまで対症療法であるため、根本的な原因対策(原料管理、運転条件最適化)と組み合わせて使用することが原則です。

ガス品質劣化(H₂S・NH₃上昇)の対応策

バイオガスの主成分はメタン(CH₄)と二酸化炭素(CO₂)ですが、不純物として含まれる硫化水素(H₂S)や、消化液中に高濃度で存在するアンモニア(NH₃/NH₄⁺)は、ガス利用設備(エンジン、ボイラー等)の腐食や性能低下、触媒の被毒、さらにはメタン発酵プロセス自体への阻害を引き起こすため、その管理と対策が重要です。

硫化水素(H₂S)は、水分と反応して硫酸を生成し、金属部品(エンジンシリンダー、配管、熱交換器など)を激しく腐食させます。

多くのガスエンジンメーカーは、供給ガス中のH₂S濃度に上限値(例:200~500ppm以下)を設けており、これを超えると保証対象外となる場合があります。

アンモニアは、高濃度(特にpHが高い場合の遊離アンモニアNH₃)になるとメタン生成菌を含む多くの微生物に対して毒性を示し、発酵プロセスを不安定化させます。

また、燃焼時にNOx(窒素酸化物)の発生原因にもなります。これらの物質の濃度を適切に管理することは、プラントの安定稼働、設備の長寿命化、環境規制遵守のために不可欠です。

東北大学大学院の研究者らによる研究によると、窒素濃度が非常に高い鶏ふんを原料とし、中温(約37℃)と高温(約55℃)の条件下でメタン発酵の連続実験を行ったところ、高温発酵の条件下ではアンモニア阻害が発生し、メタン生成が著しく低下したことが確認されました。

その対策として、アンモニアストリッピング処理(空気を吹き込みアンモニアを除去する)を行うことで、アンモニア阻害を回避できることが示されています。

土木学会論文集G(環境):高濃度鶏糞のメタン発酵におけるアンモニア阻害と発酵温度の影響

硫酸塩・タンパク質過剰投入のチェックリスト

バイオガス中のH₂S濃度上昇の主な原因は、原料に含まれる硫黄化合物です。特に、硫酸塩(SO₄²⁻)や含硫アミノ酸(タンパク質の構成成分)が、嫌気条件下で硫酸塩還元菌によって還元されることでH₂Sが発生します。

硫化水素(H₂S)上昇時のチェックリスト

石膏(硫酸カルシウム)を含む建材廃棄物、一部の食品添加物(硫酸塩)、含硫アミノ酸を多く含むタンパク質リッチな原料(魚アラ、一部の食品残渣、高濃度汚泥など)、温泉水など、硫黄分を多く含む原料を投入すると、硫化水素が発生しやすくなります。

  • 原料の保管状態に変化はなかったか?(腐敗による硫黄化合物の生成など)
  • 投入前の前処理(破砕、混合など)は適切に行われているか?

プラント運転条件の変化

  • 発酵槽内のpHが低下していないか?(pHが低いほどH₂Sは気相に移行しやすい)
  • ORP(酸化還元電位)が極端に低下していないか?(硫酸塩還元菌が活動しやすい環境)
  • 滞留時間(HRT)が短くなっていないか?

プロセス内部要因

  • 発酵槽内に硫黄化合物が蓄積していないか?(消化液の硫化物濃度分析)
  • 既存の脱硫機能(例:微量空気注入による生物脱硫)が低下していないか?

これらの項目をチェックし、原因を特定することが、適切な対策(原料管理、運転条件調整、脱硫強化)に繋がります。

鉄塩・バイオフィルターによる生物脱硫の導入

バイオガス中のH₂Sを除去(脱硫)する方法はいくつかありますが、ここでは発酵槽内またはガス処理工程で利用される代表的な方法を紹介します。

鉄塩の投入(発酵槽内脱硫)

塩化第二鉄(FeCl₃)や硫酸第一鉄(FeSO₄)などの鉄塩を発酵槽に投入すると、鉄イオン(Fe²⁺/Fe³⁺)がH₂Sと反応して、不溶性の硫化鉄(FeS, Fe₂S₃)として沈殿除去されます。

FeCl₂ + H₂S → FeS↓ + 2HCl 2FeCl₃ + 3H₂S → Fe₂S₃↓ + 6HCl (実際はより複雑な反応)

  • メリット: 比較的安価で、既存の発酵槽に容易に導入できます。
  • デメリット: 投入量の制御が難しい(過剰投入はリン除去にも影響)、沈殿物(硫化鉄を含む汚泥)の増加、塩化物イオン等の蓄積の可能性。H₂S濃度が高い場合は大量の鉄塩が必要。
  • 運用: H₂S濃度をモニターしながら、必要量を計算し、継続的に投入します。

生物脱硫(主にガス処理工程)

硫黄酸化細菌などの微生物を利用して、H₂Sを単体硫黄(S)や硫酸(SO₄²⁻)に酸化分解します。

  • バイオフィルター: H₂Sを含むガスを、微生物が付着した担体(充填材)層に通気し、微生物に分解させる。
  • バイオスクラバー: 微生物を含む循環液でガスを洗浄し、液中でH₂Sを分解させる。
  • 発酵槽への微量空気注入: 発酵槽の気相部に少量の空気(酸素)を吹き込むことで、液面付近の微生物によるH₂S酸化を促進する(ただし、メタン生成への影響や爆発リスクに注意が必要)。
  • メリット: ランニングコスト(薬剤費)が低い、廃棄物が少ない(単体硫黄は回収・利用も可能)。
  • デメリット: 微生物の管理(温度、pH、栄養)が必要、立ち上げに時間がかかる、負荷変動への応答が遅い場合がある。

どちらの方法(あるいは組み合わせ)が適しているかは、H₂S濃度、処理ガス量、コスト、運用体制などを考慮して決定されます。

ストリッピング・活性炭でのNH₃低減プロセス

消化液中の高濃度アンモニア(NH₃/NH₄⁺)による発酵阻害や、燃焼時のNOx問題を解決するためには、アンモニアを除去または低減するプロセスが必要になる場合があります。

アンモニアストリッピング

消化液のpHをアルカリ性(例:9以上)に調整し、温度を上げることで、アンモニウムイオン(NH₄⁺)を揮発性の高い遊離アンモニア(NH₃)に変え、空気を吹き込む(ストリッピング)ことで気相中に追い出す方法です。

NH₄⁺ + OH⁻ ⇌ NH₃↑ + H₂O (平衡を右に移動させる)

  • プロセス: 通常、消化液の一部を抜き出し、pH調整槽→加温装置→ストリッピング塔(充填塔や散気装置)→処理液の返送、という流れになります。追い出したアンモニアガスは、硫酸などに吸収させて硫安として回収するか、燃焼処理します。
  • メリット: 高濃度のアンモニアを効率的に除去・回収できる。
  • デメリット: 設備コスト、運転コスト(薬剤費、熱エネルギー、動力費)が高い。スケール生成の問題。

吸着法(活性炭など)

アンモニアを選択的に吸着する能力を持つ吸着剤(例:ゼオライト、特殊な活性炭)を用いて、消化液中またはガス中のアンモニアを除去する方法です。

  • 適用: 主に、ストリッピング処理後の排ガス処理や、比較的低濃度のアンモニア除去に用いられることが多い。消化液への直接適用は、固形物による閉塞や吸着容量の問題から限定的。
  • メリット: 操作が比較的簡単。
  • デメリット: 吸着剤の再生や交換が必要で、コストがかかる。吸着容量に限界がある。

アンモニア対策は、窒素分の多い原料を扱うプラント(特に高温発酵)において重要な課題であり、費用対効果を十分に検討した上で、最適な技術を選定する必要があります。

予防保守と改善サイクルで持続的運転を実現

トラブルが発生してから対応する「事後保全」だけでは、プラントの安定稼働は維持できません。

センサーの劣化や校正ずれ、ポンプの摩耗、配管の詰まりなどは、放置すれば必ず大きなトラブルに繋がります。定期的な点検と計画的な部品交換を行う予防保全は、突発的な故障によるダウンタイムや高額な修理費用を削減し、安全性を確保するために不可欠です。

また、メタン発酵プロセスは常に変動要因に晒されるため、一度最適化した運転条件が永続するとは限りません。

計画的な点検・保守(予防保全)や、部品交換(センサー電極、オイル、フィルターなど)の実施、日々の運転データやトラブル経験を基に継続的に改善を図るサイクル(PDCAサイクル)を回していくことが、持続可能な高効率運転の鍵となります。

ISO 55001(アセットマネジメント)などの国際規格も、リスクベースの保守計画と継続的改善の重要性を強調しています。

週次・月次の点検項目とチェックシート運用

計画的な予防保全の基本は、定期的な点検です。日常点検に加え、より詳細な週次・月次点検項目を設定し、チェックシートを用いて確実に実施・記録することが重要です。

点検項目例:週次点検

  • 発酵槽関連: 異音・異臭、液面レベル、温度・pH指示値確認、サンプル採取・簡易分析(VFA/ALKなど)。
  • 撹拌機: モーター異音・振動、オイルレベル・漏れ。
  • ポンプ類: 異音・振動、漏れ、圧力確認。
  • ガス処理: ガス分析計指示値確認、フィルター差圧確認、ドレン排出。
  • CHP: 異音・振動、オイル・冷却水レベル、排気色、発電量・電圧・周波数確認。
  • 安全設備: ガス漏れ検知器、緊急停止ボタン等の外観確認。

点検項目例:月次点検

  • センサー類: pH/ORPセンサー洗浄・校正、ガス分析計校正(簡易)、その他センサー指示値妥当性確認。
  • 回転機器: 各部増し締め、グリスアップ(必要な場合)。
  • 配管・バルブ: 漏れ確認、バルブ動作確認。
  • ガスホルダー: 外観(メンブレン損傷)、圧力確認。
  • 脱硫材・吸着材: 交換時期の評価(差圧、出口濃度など)。
  • 電気設備: 制御盤内清掃、端子緩み確認。

チェックシート運用

点検項目、基準値(あれば)、点検結果(OK/NG/測定値)、処置内容、点検者、日付を記録できるフォーマットを作成します。電子化(タブレット入力など)も有効です。

結果は記録・保管し、異常があった場合は速やかに報告・対応する体制を確立して、点検結果を分析し、点検頻度や項目の見直しに繋げます(PDCA)。

点検やチェックシート運用を形骸化させず、確実に実施し、記録を活用することが重要です。

定期校正・センサーダウンタイム最小化手法

モニタリングの信頼性を維持するためには、センサーの定期的な校正が不可欠です。また、校正や故障によるセンサーのダウンタイム(測定不能時間)を最小限に抑える工夫も重要です。

センサー定期校正の重要性

センサーは時間経過や使用環境により、指示値がズレ(ドリフト)を生じます。校正は、そのズレを標準器(または標準液・標準ガス)と比較して補正し、測定の正確性を担保する作業です。

不正確な測定値は、誤ったプロセス制御や判断に繋がり、トラブルの原因となります。

センサー校正頻度の目安

  • pH/ORPセンサー: 最低週1回(できれば自動校正)。
  • ガス分析計: 月1回~数ヶ月に1回(メーカー推奨、使用状況による)。
  • 温度、圧力、流量、レベルセンサー: 年1回程度(メーカー推奨、重要度による)。

校正記録(校正前後の値、使用した標準器、実施者、日付)は必ず保管します。

センサーダウンタイム最小化手法

  • 予備センサーの保有: 特に重要かつ故障しやすいセンサー(pH電極など)は、校正済み予備品を用意しておき、交換によってダウンタイムを短縮します(ローテーション運用)。
  • 自動校正・洗浄機能の活用: pHセンサーや一部のガス分析計では、タイマー設定や遠隔指示により自動で校正や洗浄を行う機能があり、手間とダウンタイムを削減できます。
  • インライン校正・簡易校正: センサーを取り外さずに現場で校正できる仕組みや、日常的に行える簡易的なチェック方法(例:特定の基準液での指示値確認)を取り入れます。
  • センサー診断機能の活用: 最新のセンサーには、自身の劣化状態や異常を検知する自己診断機能を持つものがあり、故障前の交換計画に役立ちます。
  • 迅速な交換・修理体制: 故障時に備え、交換手順のマニュアル化、必要な工具や予備部品の準備、メーカーとの保守契約などを整備しておきます。

センサーの健全性を維持するための投資と工夫が、プラント全体の安定稼働に繋がります。

PDCAサイクルでのKPIレビューと最適条件更新

プラントのパフォーマンスを継続的に改善していくためには、PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを意識した運営管理が有効です。

PDCAサイクルの運用

  • Plan(計画):
    プラントの運転目標(KPIの目標値)を設定します(例:ガス収率XX Nm³/t-VS、稼働率XX%)。
    目標達成のための運転計画(原料配合、投入量、温度設定など)や保守計画を立てます。
  • Do(実行):
    計画に基づいてプラントを運転・保守します。
    運転データ、点検記録、トラブル情報などを正確に記録します。
  • Check(評価):
    定期的(例:月次)にKPIの実績値を集計し、目標値と比較・評価します。
    目標未達や低下傾向が見られる場合、収集したデータ(トレンド、相関など)や記録を分析し、その原因を特定します。
    トラブル事例の原因と対策の効果を評価します。
  • Act(改善):
    評価結果に基づき、改善策(運転条件の変更、プロセスの見直し、設備の改修、マニュアル改訂、追加教育など)を立案します。
    改善策を実行に移し、次のPlan(計画)に反映させます。
  • KPIレビュー会議:
    月に一度など定期的に、オペレーター、管理者、技術者などが集まり、KPIの実績レビュー、問題点の共有、原因分析、改善策の検討を行う場を設けることが効果的です。
  • 最適条件の更新:
    原料の性状が変わったり、季節が変動したり、設備が経年劣化したりすると、以前の最適条件が最適でなくなることがあります。PDCAサイクルを通じて、常に最新のデータに基づき、より良い運転条件を模索し、更新していく姿勢が重要です。

PDCAサイクルは、一度回して終わりではなく、継続的に回し続けることで、プラントのパフォーマンスを螺旋状に向上させていくための強力なマネジメントツールです。

発酵槽との対話によるバイオガスプラント安定・高効率運転

バイオガスプラントの心臓部、メタン発酵槽の安定稼働は、日々の地道なモニタリングと、トラブル発生時の迅速かつ的確な対応、そして継続的な改善努力によって支えられています。

  • 「見る」: 適切なモニタリング体制と信頼性の高いセンサーで、発酵槽の状態を正確に把握する。
  • 「読む」: 蓄積されたデータを活用し、AIなどのツールも駆使して、変化の兆候や異常のサインを読み解く。
  • 「動く」: pHドロップ、発泡、ガス品質劣化などのトラブルに対し、原因を特定し、効果的な対策を迅速に実行する。
  • 「続ける」: 予防保全とPDCAサイクルにより、常に最適な状態を目指し、改善し続ける。

メタン発酵プロセスは、まさに「生き物」を相手にするようなものであり、一筋縄ではいかない難しさがあります。しかし、データに基づき、科学的なアプローチでその声に耳を傾け、「対話」を続けることで、必ず安定・高効率運転への道は開けます。


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