ガス発酵とは? 水素酸化細菌の仕組みとメタン発酵との違い

ガス発酵とは? 水素酸化細菌の仕組みとメタン発酵との違い

ガス発酵は、バイオものづくりで一般的な糖や植物油ではなく、CO₂・水素・一酸化炭素といった気体を原料として、微生物に化学品や素材をつくらせる技術です。

CO₂を資源として扱うカーボンリサイクル技術に位置づけられ、バイオガス業界にとっては、精製工程で分離されるCO₂に新しい出口が生まれることを意味します。

この記事では、ガス発酵の仕組み、メタン発酵との違い、複数存在する技術経路、実装上の最大の課題を順に整理します。

ガス発酵とは 糖や油ではなく気体を原料にする発酵

一般的なバイオものづくりでは、トウモロコシ由来の糖やパーム油などを微生物のエサとして与え、発酵によって目的の物質を得ます。

これに対してガス発酵(gas fermentation)は、気体を原料とします。培養槽にCO₂や水素を吹き込むと、微生物がそれらを取り込んで増殖しながら、細胞内外に有用物質を生成します。

原料が気体であることの利点は明確です。

  • 農地を必要としないため、食料生産と競合しない
  • 工場や発電所、バイオガスプラントから出る排ガスを、そのまま原料に転用できる可能性がある

ただし、気体は液体に溶けにくいという性質を持ちます。この物理的な制約が技術の成否を分けるため、気体を原料にできるという利点は、そのまま難所にもなります。

ガス発酵とメタン発酵の違い

バイオガス業界が扱うメタン発酵(嫌気性消化)も微生物を使う発酵ですが、その性格は大きく異なります。

項目メタン発酵ガス発酵(水素酸化細菌)
原料家畜ふん尿・食品廃棄物などの固形・液状有機物CO₂・水素・酸素(気体)
反応条件嫌気(酸素を排除)好気(酸素を供給)
微生物複合微生物群(細菌+メタン生成古細菌)純粋培養に近い単一菌株
菌の由来自然界の微生物群を種汚泥として利用育種・ゲノム編集による改良株
主生成物メタン・CO₂(エネルギー)ポリマー・化学品・タンパク質(マテリアル)
CO₂の扱い副生成物・除去対象原料

最も重要な違いは、CO₂の扱いが正反対である点です。メタン発酵が精製工程で取り除こうとするCO₂を、ガス発酵は入口の原料として受け取ります。

微生物の扱い方も対照的です。メタン発酵が自然界の複合微生物群を発酵槽内で安定させるのに対し、ガス発酵は改良した単一菌株を、無機塩類のみの培地で培養します。

有機物を含まないため雑菌汚染のリスクはむしろ小さく、運転管理の焦点は培地側ではなく、ガスの供給と組成の側に移ります。

したがって、両者は競合ではなく、川上と川下として接続し得る関係にあります。

ガス発酵2つの経路

ガス発酵は使う微生物と原料ガスによって、2つの経路に分かれます。

経路主な原料ガス条件主な生成物主なプレイヤー
水素酸化細菌CO₂+水素+酸素好気生分解性樹脂、タンパク質カネカ、日揮HD、Solar Foods(フィンランド)
CO資化菌(酢酸生成菌)一酸化炭素、CO₂+水素嫌気エタノール、酢酸LanzaTech(米国)、積水化学工業

このうち、バイオガスプラントの精製オフガスのようにCO₂が主体のガスは、水素を加えれば水素酸化細菌とCO資化菌のどちらでも扱えます。

CO資化菌の経路は、製鉄所の副生ガスや廃棄物のガス化ガスに含まれる一酸化炭素を利用します。

米LanzaTechがこの経路で商用プラントを稼働させており、国内でも積水化学工業が同社と組み、ごみからエタノールを製造する事業化を進めています。

CO₂を微生物に取り込ませる技術としては微細藻類も挙げられますが、こちらは光合成でエネルギーを得るため、光を必要としないガス発酵とは分類が異なります。

微細藻類は培養に広い受光面積を要するため、大規模な土地が欠かせませんが、SAF(持続可能な航空燃料)の原料として開発が進んでいます。

CO₂だけを原料とする経路で実証が進んでいるのは、生分解性樹脂を狙う水素酸化細菌です。

水素酸化細菌の仕組み 光合成なしでCO₂を固定

ガス発酵で最も注目されているのが、水素酸化細菌(hydrogen-oxidizing bacteria)です。この細菌は水素をエネルギー源、酸素を電子受容体とし、CO₂を炭素源に取り込んで有機物へ変換しながら増殖します。

植物や藻類がCO₂を固定するには太陽光が欠かせませんが、水素酸化細菌は水素の酸化反応からエネルギーを得るため、光を必要としません。この違いは、生産設備の設計に直結します。

  • 太陽光の当たらない密閉タンク内で培養でき、広大な受光面積が不要
  • 天候や日照時間に左右されず、24時間の連続運転が可能
  • 受光面積に制約されず高い菌体濃度で培養できるため、単位面積あたりの生産性を高めやすい

速度の面でも差があります。電力中央研究所によると、代表的な菌種は約1時間で2倍に増え、らん藻と比べて50〜70倍のCO₂固定速度を持ちます。

代表的な種にはCupriavidus necatorなどがあり、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)というポリエステルを、エネルギー貯蔵物質として細胞内に蓄積します。

この性質を利用すれば、CO₂と水素から直接、生分解性樹脂を得られます。国内では、日揮HDとカネカらがCO₂を原料とする生分解性ポリマーの生産実証を進めています。

また、用途は樹脂だけにとどまらず、菌体そのものを微生物タンパク質(single cell protein)として食品に用いる事業化も動き出しています。

なぜ「溶けにくさ」が最大の壁になるのか

常温常圧の水に対する水素の溶解度は、酸素のおよそ半分、CO₂と比べれば数十分の一という水準にとどまります。最も多く必要とする水素が、最も溶けにくいという構造です。

そのため培養槽には、槽内を加圧して溶解量を稼ぐ、気泡を微細化して気液の接触面積を広げる、ガスリフト型やループ型の槽形状で培養液を循環させるといった工夫が重ねられます。

撹拌の動力を上げれば溶存量は増えますが、その電力は製造コストとLCA上のCO₂排出に跳ね返ります。少ないエネルギーでどれだけ気体を溶かし込めるかが、装置設計の勘所です。

ガス循環と防爆設計 水素利用率が製造コストを決める

「溶けにくさ」は、吹き込んだガスの多くが、微生物に使われないまま気泡として抜けることを意味します。

高価な水素を一度の通過で捨てていては経済性が成立しないため、排ガスを回収して培養槽へ戻す循環系が不可欠です。ところが、この循環がもう一つの難題を生みます。

水素は空気中で約4〜75vol%という広い爆発範囲を持ちますが、水素酸化細菌は酸素を必要とするため、水素と酸素を同時に扱わざるを得ません。しかもガスを循環させるほど、その組成は変動しやすくなります。

そのため、ガス組成のリアルタイム監視、酸素濃度の上限管理、防爆設計、緊急パージ系といったプラントの安全や事故防止を考慮した工学的な作り込みが求められます。

ガス発酵にエンジニアリング企業が参入する理由はここにあります。微生物の性能だけでなく、ガスを安全に循環させる設備技術が揃うことで、初めて工業化が成立します。

ガス発酵の課題と実用化の見通し

ガス発酵は有望な技術ですが、既存の石油由来製品との価格競争力はまだ確立していません。

そこで、NEDOのグリーンイノベーション基金事業は、CO₂を原料とする物質生産について、2030年までに天然株比で、物質生産機能またはCO₂固定化能を5倍程度に高めた商用株の開発を目標に掲げています。

ボトルネックは水素コスト

水素酸化細菌は水素をエネルギー源とするため、炭素源であるCO₂よりも多くの水素を消費します。CO₂が手元にあっても、水素が揃わなければ生産は動かず、製造コストもそのまま水素価格に引きずられます。

事業化の律速は、CO₂を確保できるかどうかではなく、グリーン水素を安く安定して調達できるかどうかにあり、この構造は、同じく水素とCO₂を原料とするe-メタン製造メタネーションにも共通します。

バイオガス事業者にとっては、分離したバイオジェニックCO₂の向け先が増えたことを意味します。

ただし、ガス発酵とe-メタンのどちらに回すかは技術の優劣では決まらず、製品単価や商用化の時期といった事業条件に左右されます。

具体的な判断材料は、日揮HDのガス発酵拠点の記事で整理しています。

ガス発酵はまだ、ベンチスケールから準商業規模へ移行する段階にありますが、CO₂を「買われる原料」へ変える技術として、今後の実証結果が注目されます。

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