経済産業省と国土交通省は2026年7月23日、第9回「持続可能な航空燃料(SAF)官民協議会」を開催し、ジェット燃料の供給事業者にSAF供給を義務付け、そのコストを利用者が分担する制度案を示しました。
国土交通省 航空局:第9回 持続可能な航空燃料(SAF)官民協議会 事務局説明資料
制度の対象は国際線旅客数上位7空港で、開始は2030年度を念頭に置いています。国産SAFプラントは2026年中の最終投資決定が迫っており、義務化はその需要を担保する政策手段と位置付けられます。
SAF供給義務化の要点 対象空港・比率・開始時期

対象は国際線給油量の約99%を占める7空港
国土交通省の資料は、制度の対象となる「拠点空港」を国際線旅客数上位7位の空港と想定しています。
具体的には、成田国際、関西国際、東京国際(羽田)、福岡、中部国際、新千歳、那覇の7空港で、2024年度の国際線給油量では、この7空港だけで全体約817万KLの約99%を占めます。
つまり、少数の空港に義務を課すだけで、国際線燃料のほぼ全量をカバーできる構造になっています。
2030年度から段階的に引き上げる導入比率
報道によると、供給義務量はジェット燃料供給量に対し、2030年度に1%以上、2031年度に3%以上、2032〜2034年度に5%以上と、段階的に引き上げる案が示されました。
これは、第8回協議会の基本方針にある「社会的受容性を考慮し、導入数量を小規模な水準から始め、段階的に拡大していく」という考え方に沿った設計です。
なお、この1%・3%・5%という数値は、2026年8月時点で公開されている国土交通省の配布資料には記載がありません。最終的な数値は今後の告示等で確定します。
過去の目標値と「単位」が違う点に注意
政府のSAF目標は、これまで複数の異なる指標で語られてきました。そのため「10%」と「1%」を並べると後退したように見えますが、両者は基準そのものが異なります。
| 時期 | 指標の基準 | 内容 |
|---|---|---|
| 2023年5月 | 使用量ベース | 2030年の国内供給目標量を航空燃料消費量の10%と提示 |
| 2024年9月 | GHG排出量ベース | 2019年度国内ジェット燃料のGHG排出量の5%相当以上 |
| 2026年7月 | 混合率(数量)ベース | 拠点空港の国際線で1%→5%へ段階導入(報道) |
2024年の「GHG5%」は、混合率10%にSAFのGHG削減効果50%を掛け合わせた換算値で、エネルギー供給構造高度化法の枠組みで議論されたものです。
対象範囲と指標の双方が変わっている以上、単純な増減比較はできません。
なぜSAF供給義務化が必要か エネルギー安全保障の側面
国産SAFの確保には、航空分野の脱炭素だけでなく、エネルギー安全保障という側面もあります。
脱炭素化の進展に伴って、国内のジェット燃料生産量は減少する見込みであり、代替燃料としての国産SAFの重要性が高まっています。
また、SAF製造の連産品として、次世代バイオディーゼル(HVO・RD)やバイオナフサ等も生産されるため、輸送や素材分野の脱炭素化にも貢献します。
CORSIAの排出規制強化と2030年SAF使用目標

SAF供給義務化の背景にあるのは、国際航空の脱炭素スキーム「CORSIA」の強化です。
2024年の排出分からは、2019年比で85%以下に抑えることが求められ、すでに約5,500万トンの排出削減・オフセット義務が生じています。
さらに2025年のICAO総会では、2030年のSAF使用目標(排出量ベースで5%削減)が採択されました。
航空分野で使える脱炭素手段は限られており、その多くをSAFに依存せざるを得ないのが現状です。
2026年中のFIDに見合う需要の担保
プラント建設には2年半から3年を要するため、2030年の本格供給を実現するには、遅くとも2026年中に最終投資決定(FID)を下さなければなりません。
ところが国土交通省の資料は「一定程度、売買契約が見えない中では、石油元売事業者は投資判断を行うことができない」と明記しています。
事業者は需要が見通せないために投資に動かず、投資が動かないために供給の見通しも立たない、という構図であり、供給義務化はこの状態を解消する手段として位置付けられています。
国産SAFのコスト ジェット燃料の数倍という価格前提
制度設計のもう一つの柱がコスト負担です。国産SAFはGX経済移行債等で支援しても、高値のままで移行する見通しです。
国土交通省の資料は「事業者の努力のみに任せていては市場が成立し得ない」と率直に記しています。
第3回有識者会議の資料によると、公表情報と関係者への聞き取りを合わせた市場価格は、直近2〜3年で240円/L〜480円/Lの値動きがあり、従来のジェット燃料を上回る水準で変動しています。
国土交通省:SAFの意義、受益と負担の整理
飛行距離に応じた負担と航空会社への値差支援
課題解消のため、制度案では供給側と利用側の双方に働きかける二段構えの仕組みが提案されています。
供給側にはGX経済移行債を活用したCAPEX支援に加え、OPEX支援を行うことで供給曲線を押し下げ、利用側には拠点空港で国際線にSAFを給油する航空会社へ一定額を支援することで、需要曲線を押し上げます。
その原資として、拠点空港を出発する国際線の利用者(旅客および貨物)から、飛行距離に応じた負担を求める案が示されました。
支援の対象は義務化分にとどまらず、自主的に給油される一定量も含める方向です。さらに2050年カーボンニュートラルに向けて、2035年度を念頭に、拠点空港以外の空港や国内線への拡大も検討されます。
供給義務化が国内バイオ原料市場に与える影響
義務化によって国産SAFの需要が固まれば、その影響は製造事業者にとどまらず、原料を供給する側にも及びます。GX経済移行債等の支援を受ける4事業者の内訳は、以下の通りです。
| 事業者 | 立地 | 技術 | 規模 |
|---|---|---|---|
| ENEOS | 和歌山県 | HEFA | 約40万KL/年 |
| コスモ石油 | 香川県 | ATJ | 15万KL/年 |
| 出光興産 | 山口県・千葉県 | HEFA・ATJ | 25万KL/年・10万KL/年 |
| 太陽石油 | 沖縄県 | ATJ | 20万KL/年 |
ここで注目したいのが、ATJ(Alcohol to Jet)の比重です。ATJ枠の合計は45万KL/年に達します。
ATJは、エタノールを脱水・オリゴマー化・水素化して炭化水素を得る経路です。脱水段階で分子量の約4割を水として失うため、原料となるエタノールは製品SAFを大きく上回る量が必要になります。
出光興産がグリーンイノベーション基金事業で公表した計画では、年産10万KLのATJ設備に対し、年間18万KLのバイオエタノールを国内外から調達するとされています。
この比率を当てはめると、ATJ枠45万KL/年が定格稼働した場合、年間80万KL規模のエタノール需要が生じる計算になります。
しかし国内の燃料用バイオエタノール生産はごく限られており、大半を輸入に依存しているのが実情です。義務化で需要が確定したとしても、原料調達がボトルネックとなる可能性は否定できません。
その一方で、バイオ原料の量的制約を受けにくい経路の開発も進んでいます。
e-SAF(PtL)はその代表で、三菱重工業はSOEC共電解とFT合成装置を組み合わせた一貫プロセスにより、SAFに適した成分の製造実証に成功しています。
参考記事:三菱重工がSOEC共電解とFT合成で合成燃料製造に成功
メタン発酵由来の原料はSAFの原料になるか

原料の逼迫は、ATJだけの問題ではありません。HEFAの主原料である廃食用油も、世界的な需要増によって供給不足と価格高騰が続いています。
そこで代替として検討されているのが、これまで十分に活用されてこなかった有機性資源です。
第8回協議会の資料では、HEFA原料として下水汚泥、ブラウングリース、微細藻類、木質バイオマス由来の油脂、非可食植物油などが挙げられました。
ATJ原料としては、廃棄物由来のエタノールや、CCSと組み合わせたカーボンネガティブエタノールが示されました。ここに並ぶ下水汚泥や食品廃棄物は、いずれもメタン発酵の主要な原料でもあります。
つまり、SAFの原料調達とバイオガス事業は、同じ資源をめぐる関係に入りつつあるということです。競合と見るか、連携の余地と見るかは、地域ごとの資源量と回収体制によって変わってきます。
義務化によって国産SAFの需要が数量として確定すれば、必要な原料量も逆算できるようになります。原料供給を担う地域のバイオマス事業者にとって、需要規模を見積もる材料が初めて揃う局面といえます。
参考記事:バイオガス由来SAFとは? 製造方法・原料・コストを解説
また、米Circularity Fuelsは2026年6月、未精製の生バイオガスを精製せず、直接ジェット燃料へ変換する実証に成功したと発表しました。
この方式が商用化されれば、原料ではなく燃料そのものを供給するという選択肢が生まれます。
参考記事:精製不要でSAF製造 米Circularity Fuelsが生バイオガスから世界初の直接変換に成功
今後のスケジュールと注視すべき論点
- 2026年中:石油元売各社によるSAFプラントの最終投資決定(FID)
- 2026年度末まで:法改正を視野に入れた詳細制度設計の完了
- 2030年度:SAF供給義務および利用者負担制度の開始を念頭
- 2035年度:拠点空港以外・国内線への拡大を検討する節目
業界として注視すべきは、確定する義務量の水準、徴収主体(空港・国・国が指定する法人のいずれか)、貨物への負担方式、そして補助対象量のキャップ設定です。
資源エネルギー庁の事務局資料が公開され次第、原料側の事業者は義務量の確定状況を確認し、2030年のSAF供給目標を実現するための事業計画を立てる必要があります。






