京都大学発のスタートアップ、ライノフラックス株式会社は2026年8月、水処理大手の水ing株式会社と共同で、下水汚泥を対象とした「湿式ケミカルルーピング技術」の小規模実証を開始したと発表しました。
この実証では、従来のメタン発酵とはまったく異なる技術を用いて、汚泥を燃やさずに水溶液中の化学反応で電力を取り出し、同時に純度99.9%以上のCO₂を回収できるとしています。
最大出力1kWのプロトタイプを京都市内の研究所にて連続運転する計画で、実証期間は2026年7月から2027年1月までとなっています。
ライノフラックス株式会社:水ingとの実証を開始しました – 下水処理場を「汚泥処理の場」から「地域の資源・エネルギー拠点」へ
湿式ケミカルルーピングとは 燃やさずに電気とCO₂を取り出す仕組み

湿式ケミカルルーピング技術は、京都大学大学院工学研究科の蘆田隆一講師(ライノフラックス取締役CSO)の基礎研究をもとに開発された技術です。
金属イオンを含む水溶液にバイオマスを投入し、金属イオンの酸化・還元反応を繰り返し起こさせることで、化学エネルギーを直接電気に変換します。
ライノフラックス株式会社:技術 – ライノフラックス株式会社
この水溶液が、二つの反応系のあいだを循環(ループ)することから、技術名が付けられました。
バイオマス発電との違い
従来のバイオマス発電との違いは、大きく3つあります。まず第一に、燃焼させて蒸気タービンを回すという熱の経路をたどらないため、熱を仕事に変える段階での損失が生じません。
熱機関を介さずに発電するという発想はバイオガス直接供給型SOFCとも共通します。
従来のバイオマス発電と比べて、ライノフラックスは約2〜4倍の発電効率を示しています。
技術の基礎となった蘆田氏の研究報告では、理論発電効率を81%と算出したうえで、電気化学反応などの効率を考慮しても50%以上を目指せるとしています。
第二に、反応が水溶液中で進むため原料を乾かす必要がなく、含水率の高い下水汚泥や食品残渣をそのまま投入できます。
そして第三に、燃焼設備を持たないため装置を小型に設計でき、原料発生源へのオンサイト設置が可能になります。
メタン発酵(嫌気性消化)と何が違うのか

メタン発酵と湿式ケミカルルーピングの違いは、次のように整理できます。
| 項目 | メタン発酵+消化ガス発電 | 湿式ケミカルルーピング |
|---|---|---|
| 変換の担い手 | 嫌気性微生物 | 金属イオンの酸化還元反応 |
| エネルギー経路 | 汚泥→メタン→燃焼→電気 | 汚泥→化学エネルギー→電気 |
| 滞留時間 | 20〜30日程度 | 連続反応(滞留日数の概念が異なる) |
| CO₂の扱い | バイオガス中のCO₂を精製工程で分離 | 副次的に高純度で発生 |
| 規模適性 | 一定規模以上で成立しやすい | 小型でも効率を維持しやすいとされる |
| 実装段階 | 商用(消化槽保有は全国約280処理場) | 1kW実証段階 |
消化ガス発電は二段階のプロセスで進みますが、その間にエネルギー損失が発生しています。
汚泥中の有機物のうち、消化槽で液化・ガス化されるのは40〜60%程度で、消化汚泥として残った分は損失になります。
また、そのメタンをガスエンジンで燃やして電気に変える段階で、熱機関としての損失も発生します。
湿式ケミカルルーピングの狙いは、この二段階プロセスを統合して、汚泥が持つエネルギーのうち、実際に電力になる割合を増やすことにあります。
ただし、ライノフラックスが公表する「2〜4倍」という数字は、あくまで従来型の燃焼式バイオマス発電を比較対象としたものであり、消化ガス発電との直接比較値ではありません。
評価にあたっては、この点を区別しておく必要があります。メタン発酵側の仕組みはバイオガス発生の仕組み、消化槽の構造と滞留時間はメタン発酵槽の構造で解説しています。
回収したCO₂は何に使えるのか

湿式ケミカルルーピングでは、反応の結果として出てくる気体がほぼCO₂のみになります。
つまり、アミン吸収やPSAといったバイオガス精製で用いられる分離工程を追加しなくても、純度99.9%以上のCO₂が得られるわけです。
CO₂回収に追加コストがかからないため、バイオマス発電と炭素回収を組み合わせたBECCSが構造的に成立します。ここが経済性を大きく左右します。
ライノフラックスは、回収したCO₂の出口として、CDR(二酸化炭素除去)市場でのクレジット化と、液化炭酸ガスとしての産業利用の両方を挙げています。
参考例として、日揮HDのガス発酵事業がバイオマス由来CO₂を原料とするガス発酵を行っています。
なぜ下水汚泥なのか 消化槽がない中小規模処理場
水ingによれば、国内の下水汚泥の発生量は年間約234万DS-ton(乾燥固形物換算)に達します。
その多くは脱水・焼却によって減量され、焼却灰はセメント原料などにリサイクルされていますが、焼却工程では強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(N₂O)が発生します。
汚泥そのものは大きなエネルギーを抱えているにもかかわらず、それを取り出せているとはいえません。下水汚泥エネルギー化率は、2022年度時点で約26%にとどまります。
この構造については下水処理場のバイオガス発電で詳しく解説しています。
エネルギー化が進まない理由は、その主役だったメタン発酵が伸び悩んでいることにあります。
日本下水道事業団によると、嫌気性消化槽を有する下水処理場は全国で約280か所にとどまり、しかもこの数は過去20年間ほとんど横ばいで推移しています。
消化槽は建設費が大きく運転管理も煩雑なため、一定の汚泥量がなければ採算に乗らないからです。
結果としてメタン発酵は「入れられる処理場にはおおむね入りきった」状態にあり、残る大多数の中小規模処理場は、メタン発酵という選択肢を持たないまま取り残されてきました。
水ingは今回のリリースで、従来のメタン発酵技術などでは対象にしづらかった中小規模の処理場にも導入できるシステムが実現すれば、大多数を占めるそうした処理場へ広く普及しうると述べており、この一文に提携の狙いが集約されています。
バイオガス業界から見れば、湿式ケミカルルーピングは競合技術ではなく、メタン発酵が構造的に届かなかった領域を埋める技術と言えるでしょう。
水ingの汚泥ソリューション 多様化する下水処理場の出口
水ingは、浄水場・下水処理場・し尿処理場などの設計から運転維持管理までを手がける水処理専業会社で、国内約300か所に運転維持管理拠点を持ちます。2026年7月からインフロニアグループの一員となりました。
同社は高効率汚泥脱水や、メタン発酵によるエネルギー回収、MAP法によるリン回収と肥料原料化といった汚泥ソリューションを揃えており、今回の技術もその選択肢のひとつになります。
実証における役割分担も、この強みを反映しており、水ingが汚泥の特性把握と汚泥処理プロセスとの接続条件の整理を担い、ライノフラックスが発電・CO₂回収・減容化のデータ取得を担当します。
なお、下水処理場を創エネ拠点へ転換する動きは、東京ガスの森ヶ崎e-メタン製造実証のように別のアプローチでも進んでいます。
横須賀市・三浦市の広域化のように、し尿・浄化槽汚泥を対象とした事例もあり、汚泥の出口は着実に多様化しつつあります。
今後の開発計画 20kWパイロットから2028年商用化へ

ライノフラックスは、ラボ、プロトタイプ、パイロット機、商用機、大規模プロジェクトという5段階で開発を進めています。
2026年5月には、住友林業が提供した木質バイオマスをはじめ、複数の原料で1kWプロトタイプを運転し、累計240時間超の安定運転とCO₂純度99.9%以上の分離回収を確認して、プロトタイプ段階を完了しました。
住友林業:京都大学発スタートアップ企業ライノフラックスと協業を本格化~高効率木質バイオマス発電技術の小規模実証試験に成功~ | 住友林業
現在は20kWパイロット機の開発に着手しており、住友林業とは2027年10月以降に、20kW級の実証を開始する計画です。その後、2028年以降には100kW級の商用初号機の市場投入を目指しています。
資金面では、2024年10月に京都大学イノベーションキャピタル、Beyond Next Ventures、島津製作所のCVCファンドを引受先とする第三者割当増資で2億円を調達しました。
環境省などの補助金も合わせて、総額2.8億円のシードラウンドを完了しており、2026年中には国内外の投資家を対象としたシリーズA調達を予定しています。
商用化実証に向けた課題

商用化に向けた実証は着実に進んでいますが、現時点で注目すべき課題は3つ挙げられます。
まず第一に、減容化率が公表されていないことです。ライノフラックスが下水処理分野での価値として最初に挙げているのは、汚泥の減容化と処理負荷の低減であり、自治体にとっての導入判断は、処分費がどれだけ減るかで決まります。
第二に、原料としての下水汚泥の扱いにくさです。木質や食品残渣と違い、下水汚泥は砂分・繊維分・処理薬剤を含み、性状が季節や地域によって変動します。
長時間の連続運転で反応系をどこまで安定させられるかが、技術的な関門になります。
第三に、制度面の位置づけです。湿式ケミカルルーピングによる発電がFIT・FIP制度上のどのバイオマス区分に該当するかは、現時点の公表資料からは確認できません。
中小規模処理場での事業性を左右する要素であるだけに、商用化フェーズでの整理が待たれます。













