インドネシア国営エネルギー会社のプルタミナと西ジャワ州政府は、2026年7月29日にバンドンで包括協力協定(Kesepakatan Bersama)を締結しました。
協定の対象は、廃棄物を低炭素水素・バイオメタン・バイオ燃料へ転換する取り組みを軸に、新エネルギー・再生可能エネルギー開発、環境管理、地域社会のエンパワーメントまでを含む広い範囲です。
プルタミナはグループ内で、原料供給からガス処理、インフラ建設、流通・商業化まで一体で構築する計画を立てており、技術面では韓国の現代自動車グループが参画します。
現代自動車グループは2025年4月に、プルタミナおよび西ジャワ州と廃棄物由来水素(W2H)のエコシステムを構築する行動計画を公表していました。
今回の協定は、この構想を州政府との正式な協定として枠組み化したものになります。
インドネシアが埋立地の水素化を急ぐ理由
プルタミナと州政府は、サリムクティ埋立地から回収したメタンをバイオメタンへ精製し、さらに低炭素水素へ転換する構想を持っています。
この案件は、単なるエネルギー政策ではなく、逼迫した廃棄物処理の出口という性格を帯びています。
サリムクティ埋立地の構造的な逼迫
サリムクティは、西ジャワ州西バンドン県にある約43ヘクタールの最終処分場です。2005年のレウィガジャ処分場崩落事故を受けた緊急施設として2006年に稼働しました。
それ以降、バンドン都市圏4自治体の廃棄物を一手に引き受けていますが、その結果として、深刻な容量超過が発生しています。
西ジャワ州環境局によると、設計上の受入容量が約200万トンであるのに対し、2022年時点の堆積量は約1,400万トンに達しています。
州はその後、搬入制限を強化しており、2025年8月には自治体別のトン数クォータ制を導入しました。州環境局は2026年10月にサリムクティが満杯を迎えると見込んでおり、事態は切迫しています。
さらに、厚く堆積した廃棄物層の影響で、2023年8月19日に大規模火災が発生しました。
メタンによって延焼が拡大したため、鎮火の発表は約5週間後の9月25日となり、州が火災中に発令したバンドン都市圏の「ごみ非常事態」を解除したのは10月25日でした。
KOMPAS.com:Kebakaran TPA Sarimukti Padam, Status Darurat Sampah Bandung Raya Dicabut
国家水素・アンモニアロードマップとの整合
もう一つの背景が、国のエネルギー政策との整合です。インドネシア政府は2023年に国家水素戦略を、2025年4月に国家水素・アンモニアロードマップ(RHAN)を公表しました。
同ロードマップは2060年のネットゼロに向けて215のアクションプランを掲げ、2060年時点で発電向けだけで年420万トンの水素消費を想定しています。
Global Green Growth Institute:Indonesia Strives for an Ecosystem of Clean Hydrogen for a Greener Future
重要なのは、ロードマップが2025〜2034年を「立ち上げ期」と位置づけ、パイロットプロジェクトと制度整備に重点を置いている点です。
サリムクティ案件はまさにこの立ち上げ期の実証に該当し、プルタミナも国内の水素エコシステム構築のモデルケースだと説明しています。
埋立地ガスから低炭素水素をつくる技術的な流れ
この案件の工程は3段階から成り、まず埋立地の廃棄物層で自然に発生する埋立地ガス(LFG)を、ガス井とブロワで回収します。
次に不純物を除去してバイオメタンへ精製し、水蒸気メタン改質(SMR)によって水素へ転換します。
参考記事:双日が米国バイオメタン市場に参入 埋立地ガス(LFG)活用で事業拡大へ
なぜ水電解ではなく改質なのか
水素製造といえば、再生可能エネルギー電力による水電解が注目されがちですが、本案件が採るのは改質ルートです。理由は三つ考えられます。
- 出力が変動する再エネ電力の確保に依存しない
- 原料であるメタンが現地で恒常的に発生し、調達に新規投資を要しない
- プルタミナが既に保有するCNG(圧縮天然ガス)ステーションの設備を、そのまま水素供給拠点へ転用できる
その一方で、生成される水素がグリーンではなく「低炭素(low-carbon)」と表現されているのは、改質工程で二酸化炭素が発生するためです。
バイオガス由来の水素をどう位置づけるかは、各国で議論が続いています。
| 判断軸 | 水電解を選んだ場合 | バイオメタン改質(本案件の選択) |
|---|---|---|
| 原料の調達 | 再エネ電力の新規確保が前提 | 処分場で恒常的に発生 |
| 既存資産の活用 | 新設が基本 | CNGステーションを転用できる |
| 廃棄物側の便益 | なし | メタン放出と火災リスクを同時に抑制 |
参考記事:EUのTITANプロジェクト バイオガスを水素と固体炭素へ変換
埋立地ガスは精製の難易度が高い
埋立地ガスは、農業残渣や食品廃棄物を原料とする一般的なメタン発酵ガスとは組成が異なります。
メタン濃度が低く変動しやすいうえ、ガス井から引き込まれる窒素・酸素や、シロキサン、塩素・フッ素化合物といった不純物を含みます。
参考記事:埋立地ガス(LFG)とは? 組成・回収方法と3つの用途
しかも、改質装置の触媒は硫黄や塩素で被毒します。そのため要求される前処理の水準は、同じバイオガスでもガスエンジン発電向けよりはるかに厳しくなります。
この設備の設計と維持管理コストが、案件の採算性を左右する隠れた変数になります。
参考記事:バイオガス精製技術 脱硫・CO₂除去からバイオメタン製造まで
埋立地の安定化がガス回収率を左右する
埋立地からのガス回収では、地盤の安定化とキャッピング(覆土封鎖)が回収率をほぼ決定します。サリムクティのように火災と崩落のリスクを抱える処分場では、この工程の重みがさらに増します。
この案件では、韓国の埋立地開発企業Sejin G&Eがこの工程を担当します。
つまり、廃棄物処分場の安全対策と、水素製造の採算性は表裏一体の関係にあります。加えて、これまで大気へ漏出していたメタンを捕捉すること自体にも意味があります。
メタンの温室効果は20年間の指標で二酸化炭素の約80倍とされており、回収率の改善は、そのまま温室効果ガス削減量として計上できる部分です。
現代自動車の水素事業HTWOが下敷き
改質側の技術は、現代自動車グループが韓国国内で同型の実証を積み重ねてきたものです。
現代自動車グループは2026年7月、忠清北道清州市に自社直営として初の資源循環型水素生産・充填複合施設「HTWO ENERGY 清州」を竣工させました。
清州公共下水処理場の下水汚泥由来バイオガスを高純度バイオメタンへ精製し、水蒸気改質で水素を製造する構成で、生産能力は日量500kg(水素バス約30台分)です。
Hyundai Motor Group:Hyundai Motor Group Expands Korea’s Hydrogen Ecosystem with First Group-Operated Waste-To-Hydrogen Facility
サリムクティに導入予定の改質装置も現代ロテム製「Hy-Green」で、日量最大640kg級とされます(H2 View、2025年4月)。
清州の500kg/日と同じ水準であり、韓国での構成をほぼそのまま移植する形となります。
事業体制と役割分担
プルタミナ側では、再生可能エネルギー子会社のプルタミナNRE(New & Renewable Energy)と、ガス事業のサブホールディングが実務を担います。
プルタミナは、原料供給、加工処理、インフラ建設、流通・商業化までをグループ各社で分担し、水素ステーションの用地と流通インフラも提供します。
韓国側は、現代自動車グループが水素事業ブランド「HTWO」の枠組みで参画し、前述のSejin G&Eが処分場の安定化を担当します。韓国企業・機関で構成するコンソーシアムも支援に加わります。
西ジャワ州政府はサリムクティの管理主体として、埋立地ガスへのアクセスと現場の許認可を担う予定です。
Hyundai Motor Group:Hyundai Motor Group Presents Action Plans for Waste-to-Hydrogen Ecosystem in Indonesia
事業性の実証と他地域への展開
西ジャワ州はバンドン県のレゴクナンカで、廃棄物発電施設(PSEL)の起工式も行いました。稼働時には1日約2,000トンの廃棄物を処理し、約40MWの発電を行う計画で、商業運転開始は2029年が目標です。
サリムクティとレゴクナンカの両者は、競合ではなく補完関係にあります。
レゴクナンカは新規発生分の廃棄物を受け入れてサリムクティの負荷を軽減する施設であり、サリムクティ側は既に堆積した廃棄物層から発生し続けるメタンを回収する取り組みです。
ANTARA News:Jabar mulai bangun PSEL Legok Nangka tuntaskan sampah di Bandung Raya
レゴクナンカのPSELを担うのは、日本の住友商事とカナデビア、インドネシアPT Energia Prima Nusantara(EPN)が設立した合弁会社PT Jabar Environmental Solutions(JES)です。
出資比率は住友商事60%、EPN30%、カナデビア10%で、投資額は約4億ドル(約7.2兆ルピア)です。
プルタミナは、事業性が実証されれば他地域へ展開する意向を示しています。インドネシアには同様に逼迫した最終処分場が全国に多数存在するため、モデルが成立すれば波及余地は大きいと言えます。
参考記事:東南アジアの主要バイオガスプラントメーカー・プロバイダー










