総合エンジニアリング企業の日揮ホールディングス(日揮HD)は2026年6月9日、神戸市ポートアイランドで「バイオものづくり研究棟(JBX1)」の開所式を実施しました。
同社によると、CO₂を原料に微生物が有用物質をつくる「ガス循環発酵」の基盤設備を備えた施設としては世界初となります。
日揮ホールディングス株式会社:ガス循環発酵によるバイオものづくり研究棟の開所式を実施
CO₂は「買われる原料」へと変わりつつある中で、バイオガス精製で分離されるバイオジェニックCO₂も、その原料になり得るのか、実務上の条件は何かを検証します。
バイオものづくりとは 微生物で化学品や素材を作る
バイオものづくりは、微生物や細胞の働きを使って化学品・素材・繊維・燃料などを生産する技術です。化石資源に依存しない「持続可能なものづくり」として、経済産業省やNEDOも重点分野に位置付けています。
経済協力開発機構(OECD)は、微生物で化学品や素材をつくるバイオものづくりを含むバイオエコノミーの市場規模が、2030年にOECD加盟国全体で約200兆円に達すると試算しています。
微生物に何を食べさせるかは原料次第で、未利用材や糖のほか、CO₂そのものを原料とする経路もあります。JBX1が扱うのは、この最後の経路です。
日揮HDが神戸に開所した「JBX1」とは
開所したJBX1は、日揮HDが整備を進める「バイオプロセス研究所(通称JBX)」の1棟目にあたります。2024年8月に着工し、2026年1月に竣工しました。
敷地面積は約10,000平方メートルで、研究棟は4階建て、延床面積は約3,400平方メートルです。
棟内には5リットルから200リットル規模のベンチスケールガス培養槽を複数設置し、段階的なスケールアップと生産実証を進めます。

この拠点は、日揮HD・バッカス・バイオイノベーション・カネカ・島津製作所の4社がNEDOに共同提案した「CO₂からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」プロジェクトの実施拠点です。
同プロジェクトは、グリーンイノベーション基金事業の「バイオものづくり技術によるCO₂を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」(2023〜2030年度)に採択されています。
株式会社カネカ/株式会社バッカス・バイオイノベーション/日揮ホールディングス株式会社/株式会社島津製作所:「CO2からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」がNEDOグリーンイノベーション基金事業に採択
4社の役割分担 日揮HDはエンジニアリング領域を担当
- カネカ(幹事):CO₂から生分解性バイオポリマー「Green Planet®」(PHBH)を生産する微生物の開発と工業化
- バッカス・バイオイノベーション:ガス発酵に最適化した微生物のデジタル育種
- 日揮HD:CO₂・水素・酸素の混合ガスを安全に扱うハンドリング技術とスケールアップ、バッカスと共同で「統合型バイオファウンドリ」を構築
- 島津製作所:高速な生産性評価・計測システムの開発
日揮HDが担うのは微生物そのものではなく、「実験室で動いた発酵を工場規模で安全に動かす」というエンジニアリング領域です。
ガスを扱う設備を、安全で経済的に成立させるという発想は、バイオガスプラントの設計・運転とも近い部分があります。
バイオガス由来CO₂は原料になるか
バイオガスは概ねメタン60%前後、CO₂ 40%前後の混合ガスです。バイオメタンを製造する際、このCO₂は分離・除去されますが、その多くは大気放散されているのが実情です。
精製CO₂が原料に向く3つの理由
- 原料ガス中のCO₂濃度が40%前後で、火力発電所の排ガス(数%〜十数%)よりはるかに高く、すでに分離工程を経ているため追加の回収設備・コストが小さい
- 化石燃料由来ではないバイオジェニックCO₂であり、製品のカーボンフットプリント低減に直結する
- プラントが分散立地しており、地域単位の供給網を組みやすい
火力発電所の排ガスと比べて濃度が高く、しかも生物由来であることから、バイオガス由来のCO₂は条件のよい原料候補だと言えます。
精製方式で変わる副生CO₂の性状
とはいえ、分離されたCO₂はそのまま使えるわけではありません。まず、精製方式によって副生CO₂の性状が異なります。
アミン吸収など化学吸収法ではメタンの同伴が少なく、比較的高純度のオフガスが得られます。
膜分離法やPSA法でも多段化や運転条件の最適化により、メタンスリップを0.5%未満に抑える例がありますが、純度は方式と運転条件に左右されます。
メタンの随伴はそのままメタンスリップとして、GHG評価にも跳ね返ります。
次に、微生物培養を阻害する物質の管理が必要になります。硫化水素の残留、下水消化ガスや埋立ガスに含まれるシロキサン、吸収液のキャリーオーバーなどは、発酵槽内の菌体に影響し得る要素になります。
燃焼利用なら許容できる微量成分でも、生物反応では基準が変わる点に注意が必要です。
さらに、発酵槽は連続運転を前提とするため、CO₂側にも安定供給が求められます。原料受入量に応じてガス発生量が変動するプラントでは、ガスホルダーや液化・充填設備といったバッファが設計課題になります。
分散立地は供給網を組みやすい反面、1か所あたりの供給量は限られるため、輸送形態の選択も必要です。
水素コストが出口を決める e-メタンとどちらに回すか
性状と供給体制の課題をクリアしても、もう一つ「水素」という大きな変数が残ります。
水素酸化細菌は水素をエネルギー源とするため、CO₂を確保してもグリーン水素を安価に調達できなければ、経済性は成立しません。量的にもCO₂より、水素側が先に律速となりやすい構造です。
供給側から見れば、分離したCO₂をe-メタン製造(メタネーション)に回すのか、ガス発酵に回すのかという選択肢が増えることになります。
どちらも水素を必要とするため、水素価格と製品単価の関係が出口を左右します。
一般に、e-メタンは単価が天然ガス価格に紐づくのに対し、樹脂などのマテリアルは単価が高く、水素コストを吸収しやすいという違いがあります。
もっとも、CO₂の出口は様々で、国内では石油精製やアンモニア製造の縮小に伴って副生CO₂の供給が細り、液化炭酸ガスの需給は締まった状態が続いています。
ガス発酵の商用化を待たず、精製CO₂に売り先が生まれる可能性もあります。
ガス発酵とメタン発酵の違い CO₂が入口
バイオガス業界が扱うメタン発酵は、酸素のない条件で有機物からメタンを生産する技術です。
対して、JBX1が扱う水素酸化細菌の経路は、酸素のある条件でCO₂と水素を微生物に与えて素材を作ります。
同じ「発酵」でも方向は逆で、バイオメタン製造で除去に手間をかけているCO₂こそが、ガス発酵の入口になります。
仕組みの詳細は、ガス発酵とは? 水素酸化細菌の仕組みとメタン発酵との違いで解説しています。
神戸に集まるバイオものづくり企業
日揮HDがこの地を選んだ背景には、神戸医療産業都市を核とした集積があります。
共同提案者のバッカス・バイオイノベーションは神戸大学発のスタートアップで、研究拠点もポートアイランドにあります。
島津製作所も2025年3月に「バイオものづくり神戸事業所」を開所し、有用微生物の開発期間を10分の1に短縮することを目標に掲げています。
微生物の育種、生産性の計測、プラントのエンジニアリングという異なる機能が、半径数キロに揃っている点がこの立地の実質的な価値です。
ベンチスケールの試験で生じた課題を、その日のうちに関係者間で共有できる距離感は、スケールアップの試行回数に直結し、実証から商用化までの時間を縮めます。
2030年の準商業プラントへ コストの壁
日揮HDは、2026年から2030年までをバイオものづくり事業の創成期と位置づけています。同じ敷地内では2棟目(JBX2)の計画に着手しており、2027年末の竣工を目指しています。
日揮HDはJBX2に数千リットル規模の培養槽を設置し、2030年にはカネカ高砂工業所で数十万リットル規模の準商業プラントの操業開始を目標としています。
神戸経済ニュース:日揮HD、世界初のバイオ物作り研究拠点で開所式 「バイオ物作りで確固たる地位を」
カネカは高砂で植物油を原料とするGreen Planetを、2024年から高砂工業所のプラントで工業生産しており、その生産基盤に接続する形での立ち上げが想定されます。
株式会社カネカ:カネカ生分解性バイオポリマー Green Planet®︎でなぜ世界が健康になるの?
もっとも、そのハードルは高く、NEDOが設定した目標は「2030年時点で代替候補製品の1.2倍以下の製造コスト」であり、現時点で石油由来プラスチックとの価格競争力は確立していないのが現実です。
加えて、実験室の成果を大型プラントで再現する「スケールアップの壁」は、バイオプロセス全般に共通する大きな課題です。
それでも、CO₂が明確に「買われる原料」として位置づけられる産業が育つ意味は大きいと言えます。
バイオガス事業者にとって、消化ガスから分離したCO₂はコスト要因でしたが、ガス発酵の商用化が進めば、それが収益源に転じる可能性があります。
JBX1の開所は、その転換点がいつ訪れるかを測るための最初の指標となります。






