インド政府は2026年8月6日、圧縮バイオガス(CBG)の生産を拡大するための統合支援制度「GOBARdhan(National Circular Bioenergy Scheme)」を新たに閣議承認しました。
CBGの買取価格を約43%引き上げたうえで、資本補助・パイプライン整備・信用保証までを一つの枠組みにまとめ、国内のCBG生産量を約10倍に引き上げることを目指します。
新GOBARdhanの実施期間は2026〜2035年までの10年間で、総額は23,731 croreルピー(約2,373億ルピー、日本円で約4,000億円)となります。
Prime Minister’s Office:Cabinet approves GOBARdhan, India’s National Unified Scheme for Compressed Biogas, with an outlay of Rs.23,731 crore
狙いは、2018年に始まったSATATで顕在化した「認定は進むのに、建設・稼働までたどり着かない」という構造的な課題を解消することです。
日印CBGイニシアティブで日本が支援を約束した1000基構想にも、直接かかわる内容となっています。
GOBARdhanとは 旧制度との違いと支援の全体像
GOBARdhanはもともと、農村部の衛生改善とバイオガス普及を目的とした国家プロジェクトであり、2018年4月に飲料水・衛生省がハリヤナ州カルナールで開始した制度です。
今回の閣議決定は「GOBARdhan」という名称を引き継ぎながら、所管官庁も政策目的も異なる新たな制度として立ち上げるものです。
対象原料は農業残渣、牛ふん、プレスマッド(製糖工程の搾りかす)、都市部の有機性廃棄物などです。
新GOBARdhanで何が変わるのか 制度の一本化

新GOBARdhanは石油・天然ガス省(MoPNG)が所管し、輸送用CNGと家庭用PNGの供給を担うCBG産業政策として設計されています。
インド政府はこれまで、SATAT、有機肥料の市場開拓支援(MDA)、バイオマス集荷機械支援(BAM)、パイプライン整備支援(DPI)、国家バイオエネルギー計画の中央財政支援(CFA)を別々に運用してきました。
これらが200基を超えるCBGプラントの稼働という基盤を築いた一方、事業者から見れば制度ごとに窓口が分かれた状態が続いていました。
新制度はこれらを一つのプラットフォームに集約し、実施の迅速化、事業採算性の改善、投資家や金融機関にとっての予見可能性の向上を狙います。
買取価格は2,110ルピー/MMBTU SATATから約43%増

SATATのもとでは、CBGの買取価格がCNG小売価格に連動する仕組みが採られてきました。2025年6月からその基準が、平均CNG小売価格の80%から85%に引き上げられ、1,478ルピー/MMBTUとなっています。
新GOBARdhanは、この連動方式を政府支援付きの統制価格2,110ルピー/MMBTUに置き換えます。
| 項目 | SATAT(2025年6月〜) | GOBARdhan(2026年8月〜) |
|---|---|---|
| 買取価格 | 1,478ルピー/MMBTU | 2,110ルピー/MMBTU |
| 重量換算(メタン95%) | 約77.4ルピー/kg(約130円/kg) | 約105ルピー/kg(約180円/kg) |
| 価格決定方式 | CNG小売価格連動(85%) | 政府支援付きの統制価格 |
| 期間の保証 | 期限付き通達で都度改定 | 最低10年 |
※ SATAT側の重量換算は圧縮費8ルピー/kg込み・50km以内納入の値
引き上げ幅は約43%ですが、金額以上に重要なのは、価格の決まり方と保証期間が同時に変わる点です。CNG連動方式では、原油・ガス価格が下落すればCBG事業者の収入も連動して下がります。
発酵槽やガス精製設備は初期投資が大きく、回収に長い期間を要するため、この変動は金融機関にとってリスク評価の難所でした。
10年という期間を明示した統制価格は、プロジェクトファイナンスの前提そのものを変えます。
資本補助は1TPD当たり最大2croreルピー
新設案件には、CBG生産能力1TPD(1日当たり生産トン数)当たり、最大2croreルピーの資本補助が支給され、既存プラントの増設も対象になります。
10TPD規模のプラントなら最大2億ルピー、日本円でおよそ3.4億円に相当します(1ルピー=約1.7円換算)。
注目すべきは、補助の対象が発酵槽や精製設備といった主要機器にとどまらない点です。
補助には原料の収集・アグリゲーション設備や、有機肥料の加工設備まで含まれており、次章で述べる実装の壁を強く意識した設計になっています。
新GOBARdhan 6本柱の支援内容
- オフテイク保証:都市ガス配給(CGD)事業者による調達で混合義務の達成を担保
- 価格安定枠組み:統制価格を最低10年間維持する
- 資本補助:1TPD当たり最大2croreルピー
- パイプライン整備:CBGプラントと幹線・CGD網を結ぶ支管の敷設支援
- 信用保証:中小事業者向けに貸し手のリスクを分担し、担保要件を緩和
- エコシステム基金:原料賦存量の把握、収集インフラ、県単位の計画策定を支援
なぜ制度を一本化したのか SATAT登録と稼働の大きな差

SATATの実績を見ると、登録と稼働の間に大きな開きがあります。1,094件を超えるLOI(意向表明書)が発行された一方、稼働に至っているのは217基にとどまります(2026年8月6日時点)。
登録は1,908件、建設中は339件となり、登録済みでも着工に至らない案件が全体の約7割を占めます。
その最大の壁は原料調達で、インドの主要原料である稲わらや麦わらは、収穫期の10〜11月と4〜5月に発生が集中し、しかもかさ比重が小さいため、輸送距離を伸ばすと採算が合いません。
年間を通じて稼働させるには、広域からの集荷と長期保管が前提になりますが、農家と長期契約を結ぶ商慣行が確立しておらず、価格交渉のたびに調達量が揺れます。
牛ふんも小規模農家に分散しており、収集網をつくること自体が事業リスクになっていました。
資本補助がアグリゲーション設備まで対象を広げ、エコシステム基金が賦存量調査を扱うのは、この認識の表れです。
もう一つの壁が、支援制度の分散です。SATATの15年契約の枠組みとパイプライン整備は石油・天然ガス省、有機肥料への市場開拓支援(MDA)は化学・肥料省、農村部のGOBARdhanはジャル・シャクティ省、バイオエネルギー中央財政支援は新・再生可能エネルギー省と、窓口が省庁ごとに分かれていました。
事業者は制度ごとに別の相手と交渉しなければならず、この非効率がMoPNGへの一本化に踏み切らせた理由です。
CBG混合義務5%に必要な量と現状との差

供給を急ぐ理由は需要側にもあります。CBG混合義務は、CNG(輸送用)とPNG(家庭用)を対象に、FY2026-27で3%、FY2027-28で4%、FY2028-29以降は5%へと段階的に引き上げられます。
両セグメントのガス消費は日量34〜35 MMSCMD規模とされ、5%を満たすには単純計算で1.7 MMSCMD前後のCBGが必要です。
なお、FY2025-26の混合率は目標1%に対して1.05%と、初年度の義務は達成されており、今後はおよそ2年で4倍以上の供給を確保できるかという点が課題となります。
州レベルでも独自のCBG政策が動き始めており、中央と州の二層で供給拡大を図る形です。
消化液・有機肥料の販売も収益として制度化
メタン発酵事業の採算は、ガス収入だけで決まるわけではありません。
インドでは、消化液・消化残渣から製造されるFOM(発酵有機肥料)、LFOM(液体発酵有機肥料)、PROM(リン酸強化有機肥料)に対し、1,500ルピー/トンの市場開拓支援(MDA)が導入されました。
2026年3月4日時点で、120のCBG・バイオガス施設が「統合肥料管理システム(iFMS)」に登録済みです。
肥料の販売量は、2023-24年度の5万6,058トンから、2025-26年度は2月末までに167万トンを超え、2年で約30倍に拡大しました。
リライアンスのアンドラ・プラデシュ州500基構想でも、CBG年間400万トンと並んで、有機肥料110万トンの生産が事業計画に組み込まれています。
GOBARdhanでは、資本補助の対象に有機肥料の加工・付加価値設備が明記されました。
日本国内では消化液の処理コストが事業性を左右する論点になりますが、インドはこれを収入源として、制度化する方向に舵を切っています。
今後の焦点と日本のバイオガス業界への影響
実務上の焦点は、今後示される詳細ガイドラインです。閣議決定の段階では枠組みが示されたに過ぎません。
資本補助の対象範囲、統制価格の費用を誰がどう負担するか、信用保証の適用基準といった点は通達を待つ必要があります。
インド政府は「政府支援と市場ベースの費用分担の組み合わせ」と説明していますが、CGD事業者側の負担割合は明らかにしていません。
日本企業にとって最大の意味を持つのは、10年という制度期間の長さです。ただし、インドのCBG案件はEPCから運転保守まで現地事業者の層が厚いため、日本側はまず要素技術で協業することが現実的です。
スズキのように、グジャラート州で自ら牛ふん由来のCBGプラントを稼働させる事例もありますが、酪農協同組合との長期の関係構築が前提になっています。
制度が価格変動リスクを吸収する設計である以上、次に問われるのは稼働率を左右する技術と運営の質です。













