日立製作所と東京ガスは2026年8月31日、海外産バイオメタンを原料とする都市ガスが、特定設備で消費された事実をデジタル証明する「Powered by Carbon Neutral Gas」の実証を開始したと発表しました。
実証の対象は、茨城県日立市にある企業ミュージアム「日立オリジンパーク」のガス空調設備です。
これまで環境価値証書の購入によって、帳簿上でしか示せなかった熱利用のカーボンニュートラル化を、メーターの実データに基づく具体的な利用実績として証明します。
実証開始は2026年8月からとなり、両社は公開情報ベースの自社調べとして、国内初のソリューションとしています。
日立が電力分野で培ってきた情報基盤を、ガス分野へ横展開した取り組みで、将来的にはe-メタンや水素への拡張も視野に入れています。
東京ガス/日立 プレスリリース:日立と東京ガスが協創、海外産バイオメタンの利用実績を設備単位でデジタル証明する「Powered by Carbon Neutral Gas」の実証を開始
参考記事:東京ガスが海外産バイオメタン都市ガスを産業部門に供給
「Powered by Carbon Neutral Gas」は何を証明するのか

このソリューションの中核は、最終供給点のメーターと、消費対象となる設備のメーターのデータを照合することにあります。
日立が電力の環境価値認証で培ってきた「誰が」「どこで」「どれだけ」使用したかを可視化する需要トラッキング技術を、ガス領域へ応用した形です。
従来のガスの環境価値は、事業者単位や拠点単位といった大きな括りでしか扱えませんでしたが、これによって「特定のガス空調設備が何によって稼働したか」という詳細な実績まで特定できるようになります。
環境価値証書による対応の違い
| 環境価値証書・クレジット | 設備単位のデジタルトラッキング | |
|---|---|---|
| 証明の粒度 | 事業者単位・拠点単位 | 特定の設備・製造ライン単位 |
| 根拠データ | 証書の購入・移転記録 | 供給点と消費設備のメーター実績 |
| 示せること | 組織全体としての排出量の相殺 | その設備の熱利用が何で賄われたか |
| 向く用途 | 温対法報告、全社目標の達成 | 製品単位の訴求、取引先への説明 |
全社規模の温室効果ガス排出量報告であれば従来の証書方式で十分ですが、特定の製造ラインがどの燃料で稼働しているかを取引先やエンドユーザーへ示す際には、設備単位の裏づけが不可欠です。
国が制度設計を進めているクリーン燃料証書は前者の位置づけにあり、今回の取り組みはそれを置き換えるものではありません。
参考記事:クリーン燃料証書とは バイオガスの環境価値を国が証書化へ
追跡対象はガス分子そのものではない

留意すべきは、この仕組みがガス分子そのものの動きを追跡しているわけではないという点です。
バイオメタンは米国で液化された時点で、すでに物理的に他のガスと混ざり合っています。日本国内の導管に入る前段階で混合が完了しているため、特定の分子のみを個別に識別・追跡することは不可能です。
したがって、このシステムが証明するのは分子レベルの同一性ではなく、「供給された量」と「特定設備で消費された量」が数値として厳密に整合しているという事実です。
この点は電力の環境価値認証も同じですが、整合性をどの軸で厳密化するかで両者は分かれます。
日立は電力向けの拡張サービス「Storing RE」で、1時間単位で需給を一致させる「アワリーマッチング」や、調達と消費を同一エリア内で行う「供給可能性」を、従来の証書との差別化要素としています。
これらは、いずれも時間軸と空間軸の厳密性を価値の源泉とするアプローチです。
電力系統は貯蔵ができず、同時同量が物理的前提であるため、時間単位の一致が意味を持ちます。
一方でガスの場合、導管内に一定の滞留時間(タイムラグ)が存在するため、送り出しと消費を分単位や時間単位で一致させる議論は、電力ほど実質的な意味を持ちません。
時間軸での差別化が難しい以上、残るアプローチは「どの設備で使われたか」という空間軸(利用拠点・ライン)の粒度を高めることになります。
日立が自社設備を最初の対象に選んだ理由

日立は今回の取り組みを、自社拠点で先行導入して検証を行う「カスタマーゼロ」の実践と位置づけていますが、日立の役割は単なる技術提供者にとどまりません。
同社は東京ガスおよびTGESが2026年3月に発表した海外産バイオメタンの供給合意において、アサヒグループジャパンや積水ハウスとともに最初の需要家3社の一角に名を連ねています。
今回の実証は、自らがバイオメタンの購入者(需要家)である立場を最大限に活用した実装であり、需要家としてどのような証明が必要かを自社で検証したうえで、市場展開(外販)へつなげる狙いがあります。
なお、東京ガスが供給する海外産バイオメタンは米国の埋立地由来であり、大気中へ放出されるはずだったメタンを回収・精製したものです。
参考記事:埋立地ガス(LFG)とは? 組成・回収方法と3つの用途
電力で先行した仕組みと、第三者認証の枠組み
このソリューションの原型は、日立が2021年1月に発表した「Powered by Renewable Energy」(後の「Powered by RE」)です。
株式会社日立製作所:脱炭素社会の実現に向けて設備やサービスごとの再生可能エネルギーの使用状況を見える化するシステムを開発:日立
スマートメーターとブロックチェーン技術を組み合わせ、中央研究所の協創棟やエレベーターといった個別設備単位で、使用電力が100%再生可能エネルギー由来であることを証明するシステムとして開発されました。
その後、2022年10月にはアート&エコロジーと日立が「一般社団法人パワード・バイ・アールイー認定委員会」を設立し、同年12月より認定業務を展開しています。
今回の実証でも同委員会の審査を経て「カーボンニュートラルガス利用証明書」を取得しました。計測データが単なる自己申告にとどまらないガバナンス体制が、当初から設計に組み込まれています。
電力分野における認定第1号は、旭化成の不織布工場(宮崎県延岡市)にあるスエード調人工皮革「Dinamica」の生産設備でした。
これは設備単位の証明が製品自体の環境価値の訴求に直結した代表例であり、ガス分野においても同様の展開が見込まれます。
e-メタン・水素への拡張と、今後の課題

両社は将来的な展望として、e-メタン、水素、アンモニアへの適用拡大を検討しており、カーボンニュートラルガス全般を支えるデジタル基盤の構築を目指しています。
日立側では、電力・ガスの環境価値トラッキング機能に、AIによる発電量予測や需要予測、市場価格予測を組み合わせ、次世代ソリューション群「HMAX Industry」の一環として、国内外へ販売する構想を示しました。
日立製作所:HMAX Industry:コネクティブインダストリーズ:日立
証明機能を単体ツールとしてではなく、エネルギー運用の全体最適化へ向けた入口として位置づけている点が特徴です。
今後の実用化・普及に向けては、主に以下の3点が課題となります。
第一に、対象ガス種を拡大した際にトラッキングの前提条件を維持できるかという点です。
国内製造のe-メタンと海外輸入のバイオメタンでは、サプライチェーンの長さや関与するプレイヤーの構造が大きく異なります。
参考記事:e-メタン(合成メタン)とは? 作り方や課題・バイオメタンとの違い
第二に、原料調達国で発行される環境価値証書との接続です。
米国産バイオメタンの環境価値は、北米の追跡システムM-RETSが発行する再生可能熱証書(RTC)として日本側へ移転されるため、二重計上(ダブルカウント)は防止されています。
ただし、証書として渡ってきた環境価値と、日本国内での設備単位のトラッキングをどう突き合わせるかという課題は残ります。
参考記事:米国RNGの環境価値とは? RIN・LCFS・45Zの仕組み
第三に、証明に伴うコスト負担のあり方です。設備単位の計測は、粒度を細かくするほど計量点の追加や、データ管理の手間・費用が増加します。
この実証を通じて、これら3つの課題にどこまで実効的な解を示せるかが、本格的な外販フェーズの実用性を左右することになります。
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