欧州連合のHorizon Europeプログラムから助成を受けた「TITANプロジェクト」が、48ヶ月に及ぶ研究活動の集大成として、2026年6月22日に最終成果を発表しました。
このプロジェクトでは、反応器の触媒をマイクロ波で直接加熱して、精製前の生バイオガスから水素と固体炭素を同時に生産する新技術を開発しており、85%を超えるメタン転換率を達成しています。
さらに、副産物の固体炭素は、農地での長期的な炭素固定や、他の素材にも利用可能で、次世代のバイオガス活用技術として注目を集めています。
TITANプロジェクトとは? EUの脱炭素戦略
欧州連合(EU)は、2050年の気候中立(クライメート・ニュートラル)の達成に向けて、再生可能水素の調達源の多様化と、農業など脱炭素化が難しい部門の排出削減という二つの課題に直面しています。
TITANプロジェクトは、これらの課題を同時に解決するコンセプトとして、2022年9月に発足しました。
フランス国立科学研究センター(CNRS)のDavid Farrusseng博士がTITANのプロジェクト・コーディネーターを務め、欧州バイオガス協会(EBA)を含む複数機関が参画しています。
TITAN Projects:Titan Objectives / concepts of the project
2026年8月31日のプロジェクト正式終了を前に、同年6月22日にブリュッセルで最終成果報告会が開催され、プロセス設計、経済性評価、土壌安全性、政策提言までの包括的な結果が公開されました。
マイクロ波で水素と固体炭素へ変換 その仕組みと技術
従来のバイオガス精製(バイオメタン化)では、CO₂除去、脱硫、脱水といった複数の工程が必要です。そのため、設備コストやエネルギー消費の面で、中小規模のプラントには導入のハードルがありました。
TITANプロジェクトでは、未精製の生バイオガスをマイクロ波加熱型流動触媒床反応器に通し、水素(H₂)と固体炭素(鉄-炭素材料)をオンサイトで同時に生成する革新的なプロセスを検証しています。
技術成熟度レベル5(TRL 5)で検証した結果、メタン転換率は85%以上を達成し、電力あたりの水素生成量は水電解の約2.5〜2.9倍となりました。
製造コストも1kgあたり3.9〜4.5ユーロとなり、グリーン水素の主力製造方式である水電解と比べて、同等以上の価格競争力があるいう試算結果が得られています。
メタンクラッキングとCO₂ドライ改質の同時進行
このプロセスは、以下の2つの反応を単一システム内で統合しています。
- メタンクラッキング(熱分解):CH₄ → C + 2H₂ (固体炭素と水素を生成)
- CO₂ドライ改質:CH₄ + CO₂ → 2CO + 2H₂ (合成ガスを生成)
生成されたCOは、さらに「水性ガスシフト反応」(CO + H₂O → CO₂ + H₂)によって水素に変換されます。
マイクロ波加熱(915 MHz帯)は触媒を直接加熱するため、従来の外部熱伝達に起因するエネルギーロスを排除でき、これが高いエネルギー効率の根拠となっています。
TRL 5で実証された主要性能指標
特筆すべきは、このプロセスが生バイオガスを原料にできる点で、CO₂・H₂S・水分を含んだ未精製状態のバイオガスをそのまま投入することができます。
バイオメタン化(アップグレーディング)工程を省略して、オンサイトで水素を製造できるため、中小規模のバイオガスプラントにも展開できる可能性があります。
| 指標 | TITAN(本技術) | 水電解(比較) |
|---|---|---|
| 電力あたりH₂生成量 | 51〜57 g H₂/kWh | 約20 g H₂/kWh |
| メタン転換率 | 85%以上(繰り返し安定) | — |
| 大規模生産コスト(標準電力) | 約4.5 €/kg H₂ | 同水準〜それ以上 |
| 大規模生産コスト(低廉電力地域) | 約3.9 €/kg H₂ | — |
| 副産物 | 固体炭素(鉄-炭素材料) | なし |
副産物の固体炭素 農業・炭素貯蔵への応用
TITANが注目される理由の一つが、副産物である固体炭素(鉄-炭素複合材料)の活用可能性にあります。
ドイツ・ホーエンハイム大学が実施した土壌影響評価では、この炭素材料を農地に施用した場合、土壌微生物叢や土壌動物相に有意な悪影響は認められませんでした。
さらに、炭素同位体トレーサーを用いた追跡実験では、材料の土壌内分解が極めて限定的であることが示されており、長期的な炭素貯蔵(カーボンシンク)としての機能が科学的に裏付けられています。
この特性は、マイナスGHG排出(ネガティブエミッション)の実現につながります。
水素製造で得られるカーボンニュートラルなエネルギーに加えて、固体炭素が農地で長期固定されることで、大気中のCO₂を実質的に減少させる効果が期待できます。
また、プロジェクトはシリコンカーバイド(SiC)材料への転換も固体炭素の用途として評価しており、素材産業との連携可能性を示しています。
商業展開に向けたロードマップと政策課題
TITANプロジェクトが公表したロードマップでは、この技術が本格普及した場合の水素生産量を以下のとおり試算しています。
- 2030年:最大60万トン/年のグリーン水素生産が可能
- 2045年:約400万トン/年まで拡大の見通し
- 累積CO₂削減量:2045年時点で237百万トンCO₂に相当
EUが2022年に公表したREPowerEU計画では、2030年までに域内で再生可能水素1,000万トンを生産し、さらに1,000万トンを輸入する目標を掲げています。
バイオガス由来のバイオ水素(バイオハイドロジェン)も、調達源の一つに位置づけられます。
バイオ水素普及に向けた政策整備の必要性
プロジェクトでは技術検証と並行して、EU規制の枠組み整備が商業展開の鍵を握ると指摘しています。具体的には以下の2点が課題として挙げられています。
- EU再生可能エネルギー指令(RED)などの法体系において、バイオガス由来の「バイオ水素」を再生可能水素として正式に認定すること
- 副産物である固体炭素材料の農業施用、および炭素貯蔵用途に関する規制フレームワークの整備
日本では、2023年に「水素基本戦略」が改定され、2024年には低炭素水素などの供給と利用を支援する「水素社会推進法」が成立しました。
経済産業省・資源エネルギー庁:水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について
なお、バイオガスから水素を得るルートには、TITANのようなメタン熱分解のほかに、バイオメタンへ精製したうえで水蒸気メタン改質(SMR)にかける方式があります。
インドネシアの国営プルタミナが、埋立地ガスを原料にこの改質ルートの実証に着手しています。
参考記事:埋立地ガスから低炭素水素へ プルタミナがインドネシアで実証
また、国内でもバイオガスの用途を発電・熱利用以外へ広げる研究が進められており、早稲田大学とクラサスケミカルは、バイオガスを200℃以下で化学原料へ転換する技術を開発しています。
こうした政策整備や研究が進む中で、バイオガスを水素製造の原料や、他の素材として利用する動きがこれから活発化すると見込まれます。






