現在、商用SAFの大半を占めるHEFA方式は廃食用油(UCO)に依存しており、その回収可能量は世界的な争奪戦の局面に入っています。
そこで急速に存在感を増しているのが、これまで大気へ放出されてきた家畜ふん尿由来のバイオガスです。
原料調達コストが低いうえに、カーボンインテンシティ(CI)の低さが、燃料としての価値に直結します。量的な潜在力の面でも、有力な代替原料と位置づけられています。
この記事では、SAFの主な製造経路4種の違いや、ASTM D7566という国際規格の構成、製造コストを左右する要因、そして日本の2030年目標までを、バイオガス事業者の視点から体系的に整理します。
バイオガス由来SAFとは 基本の定義

バイオガス由来SAFとは、メタン発酵で生じたバイオガスを原料に製造される持続可能な航空燃料です。
基本プロセスとして、まずバイオガスに含まれるメタンとCO₂を、合成ガス(水素と一酸化炭素の混合ガス)へと改質し、続いてフィッシャー・トロプシュ(FT)合成によって、液体炭化水素へと変換します。
バイオガスの生成プロセス自体については「メタン発酵の仕組みと微生物の役割」で詳しく解説しています。
SAFの原料としてのバイオガスの位置づけ
バイオガスがSAF原料として高く評価される理由は、大きく分けて2つあります。
- 原料が実質的に廃棄物である:家畜ふん尿や食品廃棄物、下水汚泥など、従来は処理コストをかけて処分していた資源を活用できます
- メタン放出の抑制効果が大きい:メタンはCO₂よりも温室効果が非常に高いため、大気へ放出されていた分を燃料へ転換することで、ライフサイクル評価(LCA)における削減効果が飛躍的に高まります
一方で課題も存在します。バイオガスは発生源が広範囲に分散しており、1か所あたりの発生量が限定的です。
そのため、従来型の大規模集中プラントとは相性が悪く、この点が事業化の大きな障壁となっていました。
バイオメタン経由と生ガス直接変換の2ルート
バイオガスからSAFを製造するアプローチは、現在大きく2つに分かれています。
1つ目は、バイオガスを精製してCO₂を除去し、高純度なバイオメタンへと高めてから改質する従来型のルートです。技術的には確立されているものの、精製設備への初期投資が重い負担となります。
もう1つが、精製を行わず、生ガスのまま反応器へ投入する直接変換ルートです。
こちらはバイオガス中のCO₂を除去すべき不純物ではなく、有効な反応原料として捉える発想であり、精製工程そのものを大幅に省略できます。
近年の技術開発は、この直接変換ルートに対して集中的に行われています。
バイオガスの組成については「バイオガスの主成分とエネルギー特性」、精製工程の詳細は「バイオガス精製技術 脱硫・CO₂除去からバイオメタン製造まで」をあわせてご覧ください。
SAFの製造経路 HEFA・ATJ・FT-SPK・PtLの違い

バイオガス由来SAFの位置づけを理解するには、SAF全体の製造経路を押さえる必要があります。現在、実用化済みまたは実用化が近い主な経路は以下の4つです。
HEFA:現在の主流だが原料に限界
廃食用油(UCO)や動物性油脂を水素化処理して製造する方式です。すでに技術が確立しており、現在のグローバルなSAF供給量の約8割を占めています。
しかし、原料の絶対量に上限があるため、後述するとおり供給量の制約が最大の課題となっています。
ATJ:アルコール経由の規模化課題
エタノールやブタノールを脱水・重合することで、燃料へと変換する方式です。
豊富なバイオエタノール生産基盤を持つブラジルや米国で有望視されているものの、収率や経済性の観点でハードルがあり、大規模化にはまだ時間を要すると見られています。
FT-SPK:バイオガスが該当する合成経路
原料をいったん合成ガスに変換してから、FT合成で液体燃料をつくる方式です。原料を選ばない柔軟性が特徴で、木質バイオマス、廃棄物、そしてバイオガスがこの経路に該当します。
バイオガス由来SAFは、基本的に「FT-SPK」として規格認証を受けることになります。
PtL(e-SAF):CO₂と再エネ電力から製造
再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して水素を製造し、回収したCO₂と反応させて燃料を合成する方式です。
原料調達の制約を受けない点が最大の強みですが、水素製造やCO₂回収に膨大なコストがかかるため、現時点では最も高価な製造経路とされています。
考え方は都市ガス分野のe-メタンと共通しており、詳細は「e-メタン(合成メタン)とは? 作り方や課題・バイオメタンとの違い」で解説しています。
| 経路 | 主な原料 | 現在の位置づけ | 主な課題 |
|---|---|---|---|
| HEFA | 廃食用油、動物性油脂 | 供給量の約8割を占める主流 | 原料の供給量が頭打ち |
| ATJ | エタノール、ブタノール | 商業化の初期段階 | 収率と経済性、規模化 |
| FT-SPK | バイオマス、廃棄物、バイオガス | 実証から商業化へ移行中 | 設備投資の大きさ |
| PtL(e-SAF) | 水素+CO₂+再エネ電力 | 実証段階 | 水素・CO₂回収の高コスト |
なぜHEFAに偏っているのか 廃食用油の構造的制約
SAF市場が抱える最大の構造的課題は、供給の大半が単一の原料に依存していることです。
国際航空運送協会(IATA)の推計によると、2026年のSAF生産量は世界で約240万トンとなり、ジェット燃料需要全体のわずか0.8%にとどまります。
IATA:SAF Production Volumes Still Disappointing
原料コストが製造コストの約半分
主流であるHEFA方式では、原料となる廃食用油の調達費が、製造コストの約50%~80%を占めるとされています。つまり、原料価格が上がれば、そのままSAF価格に跳ね返る構造です。
世界的なSAF需要の急速な高まりを受けて、廃食用油の価格は上昇傾向が続いており、今後のコスト低減の見通しが立ちにくい状況にあります。
中国依存とエネルギー安全保障のリスク
さらに深刻なのは量的な供給制約です。廃食用油は本来、食用油の消費量に応じて発生するため、意図的な増産が困難です。
欧州や米国は不足分を輸入で補っていますが、その大部分を中国からの調達に依存しています。
日本でも、資源エネルギー庁の資料で「海外産SAFへの過度な依存は、国富の流出や国内航空燃料製造能力の喪失、輸入依存度の増大といった安全保障上の懸念がある」と明確に指摘しています。
このように、原料の多角化は単なるコスト問題ではなく、エネルギー安全保障の問題となりつつあります。
こうした背景のもと、国内に豊富に存在しながら十分活用されていないバイオガスが、有望な代替原料として脚光を浴びています。
ASTM D7566 SAFの国際規格とAnnex一覧
SAFを実際の旅客機で使用するには、ASTM International(米国試験材料協会)が定める国際規格「ASTM D7566」への適合が必要です。
この規格は製造経路ごとにAnnex(附属書)が規定されており、2026年時点でAnnexが8つ登録されています。
ASTM International:ASTM D7566-23b Standard Specification for Aviation Turbine Fuel Containing Synthesized Hydrocarbons
| Annex | 略称 | 製造経路 | 混合上限 |
|---|---|---|---|
| A1 | FT-SPK | フィッシャー・トロプシュ合成 | 50% |
| A2 | HEFA-SPK | 油脂の水素化処理 | 50% |
| A3 | SIP | 合成イソパラフィン(糖発酵) | 10% |
| A4 | SPK/A | 芳香族を含むFT合成 | 50% |
| A5 | ATJ-SPK | アルコール経由 | 50% |
| A6 | CHJ | 接触水熱分解 | 50% |
| A7 | HC-HEFA-SPK | 藻類油脂の水素化処理 | 10% |
| A8 | ATJ-SKA | 芳香族を含むアルコール経由 | 50% |
バイオガス由来SAFは、主に「Annex A1(FT-SPK)」として認証を取得します。
従来のジェット燃料に対する最大混合比率は50%であり、既存の商用機や給油インフラに改修を加えることなくそのまま使用可能です。
ここでの留意点は、規格上どの製造経路であっても、化石燃料との混合が前提となっていることです。
SAF100%での単独運航(ニートSAFの活用)に向けた規格整備は、航空業界全体における中長期的な共通課題となっています。
バイオガス由来SAFの製造コストと事業性

精製設備の要否がコストを分ける
バイオガス由来SAFの経済性を大きく左右するのが、ガス精製設備の有無です。
従来の方法では、バイオガスからCO₂や硫化水素を除去して、バイオメタンへと高純度化する工程が不可欠でした。しかし、この精製設備は規模に応じて、数億円規模の初期投資が必要になります。
そのため、1日あたりの処理量が限定的な農場併設型プラントなどでは、投資回収が非常に困難でした。
設備の種類ごとの特性は「バイオガス精製装置の種類と選び方」で整理しています。
これに対し、直接変換ルートはこの精製工程を丸ごと省略できます。
米Circularity Fuels社は、この方式を採用することで、商用プラントの建設コストを欧州で建設中の同規模プラントと比較して、約5分の1に削減できると独自試算しています。
もう1つの利点が、輸送インフラからの解放です。バイオメタンとして供給・販売する場合は、ガス導管への接続が前提となるため、導管から離れた立地では、事業化のハードルが大きく上がります。
一方、SAFは液体燃料であるため、既存の道路網でタンクローリー輸送が可能です。導管インフラの有無に事業性が左右されない点は、分散型で展開するバイオガス事業にとって決定的な強みといえます。
プラント全体の投資構造については「バイオガスプラント建設費と運用コスト」もあわせてご参照ください。
RFS・LCFSなどインセンティブ制度(優遇制度)の役割
現時点において、SAFは化石由来の既存ジェット燃料よりも高価であり、その事業性は各国のインセンティブ制度や規制に支えられています。
- RFS(米国 再生可能燃料基準):再生可能燃料の使用義務にもとづくクレジット制度
- LCFS(カリフォルニア州 低炭素燃料基準):燃料の炭素強度(カーボンインテンシティ)に応じて環境価値クレジットを発行
- CORSIA:国際民間航空機関(ICAO)が主導する国際航空分野の温室効果ガス排出削減制度
- ReFuelEU Aviation:EU域内空港でのSAF混合・使用を段階的に義務づける規則
特にLCFSでは、燃料の炭素強度がマイナスと算定される場合のクレジット収入が大きくなります。
中でも家畜ふん尿由来のバイオガスは、大気中へそのまま放出されるはずだったメタンを回収・消費するため、このライフサイクル評価で高い優位性を誇ります。
米国では再生可能天然ガス(RNG)やエタノールが、こうした政策や制度を足がかりとして商業規模へと拡大した実績があり、SAFも同じ道筋をたどれるかが焦点となっています。
日本のSAF導入目標と国産化の課題
2030年目標 SAF172万kLの内訳
日本では「GX基本方針」において、2030年時点で国内航空会社(本邦エアライン)が使用する燃料の10%をSAFへ置き換えるという目標が掲げられています。
資源エネルギー庁が公表している2024年9月時点の資料では、この10%置き換えに必要なSAF需要量を約172万kLと見込んでいます。
一方、供給側に関しては、石油元売り各社などの公表情報を積み上げた供給予測量が約192万kLと算出されており、数字の上では需要を上回る見通しです。
しかし同資料では、原料確保や技術開発の進捗に依然として不確実性がある点も明記されており、目標達成が約束されているわけではありません。
経済産業省:2030年における持続可能な航空燃料(SAF)の供給目標量の在り方
国内バイオガス資源で何が可能か
日本国内で発生する家畜排せつ物は年間約8,000万トンと推計されており、国内バイオマス資源全体の3割を占めています。この量的なポテンシャルは小さくありません。
その一方で、日本の酪農・畜産経営は海外と比べて規模が小さいという特徴があります。
北海道では約100基のバイオガスプラントが稼働していますが、その多くは乳牛100頭以上の中・大規模農家を対象としたもので、海外事例で見られる数千頭規模とは大きな開きがあります。
したがって、日本での実用化を考える場合は1戸単独での整備ではなく、共同利用型プラントによる原料集約が現実的な選択肢となります。
すでに複数戸の家畜ふん尿を回収して処理するスキームは各地で運用実績があり、ここにどうやって液体燃料化プロセス(SAF製造等)を組み込めるかが、実務上の大きな論点となります。
また、FIT・FIP制度に基づく売電事業がメインの既存プラントにとって、買取期間終了(卒FIT)後の出口戦略が課題となっています。
精製設備を設置しなくとも、高付加価値な液体燃料を製造できる技術が確立すれば、既存プラントの新たな選択肢となる可能性があります。
事業計画の考え方は「バイオガスプラントの事業化 初期投資コストと資金調達」で解説しています。
バイオガス由来SAFの主要プロジェクト
バイオガス由来SAFの開発競争は、すでに世界各地で始まっています。主要な事例は以下の通りです。
- 米Circularity Fuels(米国):カリフォルニア州の5,000頭規模の酪農場で、生バイオガスからジェット燃料までの一貫変換に世界で初めて成功。2027年に商業プラント着工予定
- 米Syzygy Plasmonics(ウルグアイ):光触媒とLED光による電化リフォーミングを用いた「NovaSAF 1」の基本設計に着手。2028年操業開始を目標
- 米Syzygy Plasmonics(ブラジル):サトウキビ残渣由来のバイオガスを原料とするSAF製造で現地企業と提携
なお、バイオガスを原料としない合成燃料の開発も並行して進んでいます。三菱重工業は2026年2月、CO₂と水と電気からSOEC共電解とFT合成によって液体合成燃料を製造する実証に成功しました。
これは前述のPtL経路にあたるもので、バイオガス由来SAFとは原料が異なります。





